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バル  作者: 隣の猫
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291/411

フェシア



ヒュンッ!!




矢が空気を裂いて迫る。


細い軌跡のはずなのに、耳の奥に鋭い風鳴りが突き刺さった。




風読みで導き出した、


ただ一つの軌道。




狙いは、


盟主の身体ではない。




動きの中心。




その存在の隙。




一直線。




届く。




そう思った瞬間。




黒い影が動いた。


床を滑るように伸びたそれは、まるで最初からそこにあったかのように、矢の進路へ割り込む。




一本の刃。




矢の前へ、


音もなく現れる。




パキィィン!!




乾いた破砕音が、鋭く跳ね返った。


砕けた矢の欠片が、冷たい空気の中で細かな火花のように散る。




誰も声を出せない。




アイラの風読み。


限界まで研ぎ澄ました一矢。


それでも。




届かなかった。




しかし。


盟主は、


一度もアイラを見ない。




視線は変わらない。


仮面の奥の気配すら揺らがず、ただベスだけを見ている。




そのまま。


右手が僅かに動く。


指先がわずかに沈んだだけで、空気が重くなったように感じられた。




黒い影が、


床を走った。


石畳の上を擦るような低い音が遅れて響き、冷えた空気が足元からざわつく。




ベスへ。




槍。




「っ!」


ベスが反応する。


左腕。


フェンリル。


銀色の巨大な前脚が、唸りを上げるように前へ出て、黒い槍を真正面から受け止めた。




ドォォン!!




衝撃。


受け止めた瞬間、鈍い爆音が腹の底まで響き、空気が一気に押し潰される。




地下神殿全体が揺れる。


天井の奥で、細かな砂がぱらぱらと落ちた。




ベスの足が沈む。


石床が軋み、膝から下が数寸めり込むように押し込まれる。


それでも。


押し返す。




その瞬間。




別の方向。




黒い影が形を変える。


影が裂けるように広がり、次の瞬間には鈍く光を吸う斧へと変じていた。




斧。




横から迫る。


風圧だけで頬が痛むほどの一撃が、空気を唸らせながら振り下ろされる。




「ベス!」




大剣が割り込む。




レオン。




ガギィィン!!




斧と大剣がぶつかる。


金属同士が噛み合うような激しい音が響き、火花が散って暗い空間を一瞬だけ白く照らした。




重い。




レオンの腕が震える。


肩から肘へ、さらに背中へと衝撃が抜けていくのが見て取れるほどだった。


それでも。


離さない。




「まだだ!」




黒い影が消える。


いや、消えたように見えただけで、床の上を滑る黒い筋が次の獲物を探すように走る。




次。




リシアへ。




剣。




白銀の光が広がる。


氷の粒が舞い、冷気が一気に周囲へ噴き出した。空気がきしみ、吐く息さえ白く染まる。




氷剣。




キィィン!!




リシアが受け止める。


澄んだ高音が響き、刃と刃がぶつかった場所から細かな霜が広がった。




加護。




今ここで使わなければ、


誰かが倒れる。




身体はまだ完全ではない。


それでも。




仲間を守るため。




白銀の力を纏った剣で、


黒い刃を押し返す。


押し返すたびに、足元の石床へ冷気が走り、薄い氷の筋が蜘蛛の巣のように広がっていく。




その時。




ガルドが動いた。




「影だ。」




短い言葉。


だが、その一言には、これまで幾度も死線をくぐってきた者だけが持つ重みがあった。




クロムとの戦いで見た。


変化する攻撃。


形を変える力。




黒い影。




ガルドは灰色の霧を纏う。


霧が剣身を包み、空気の流れがわずかに変わる。周囲の魔気が押し返されるように揺れた。




魔を払う光で弱まった力。


それでも。




剣を振るう。




キィィン!!




黒い影の流れが断ち切られる。


刃が霧を裂き、火花とともに一瞬だけ軌道を失った。




一瞬。




攻撃が止まった。




だが。




すぐに別の場所から伸びる。


床の影が波打ち、そこから次々と武器の輪郭が浮かび上がっていく。




槍。




斧。




剣。




鎖。




鎌。




盾。




次々と形を変える。


それぞれが異なる重さと速度を持ち、空気を切り裂く音まで変えて襲いかかる。




盟主は動かない。




一歩も。




ただ。


右手が僅かに動く。


そのわずかな動きだけで、空間そのものが命令を受けたように黒い影がうねる。




それだけで。




黒い影は、


無数の武器へ変わる。




ベスは前を見る。




攻められない。




防ぐ。




耐える。




それしかできない。




レオン。


アイラ。


リシア。


ガルド。


四人が、


それぞれの場所で支える。




それでも。




盟主は、






















まだその場から動かなかった。

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