ミレ
カツン。
乾いた足音が、
静寂を破った。
それは一歩だけ。
たった一歩。
それだけで、
地下神殿に満ちていた沈黙が揺らぐ。
黒い影が動く。
階段の上。
無数の虚無の使徒が、
まるで一つの意思で動くように、
ゆっくりと道を開いた。
左右へ。
音もなく。
一糸乱れぬ動き。
その中央だけが、
最後まで動かなかった。
ガルドは静かに剣を抜く。
キィン……
澄んだ音が、
広間へ長く響く。
その音だけが、
この空間で生きていた。
レオンも大剣を担ぎ直す。
アイラは弓へ矢を番える。
リシアは静かに細身の剣を抜いた。
ノアは猫を抱きしめる。
ベスはゆっくりと息を吐く。
腰の剣へ手を掛ける。
新たな継承者の剣。
蒼白い紋様が、
刀身へ静かに浮かび上がる。
左腕のガントレットも、
小さく震え始めた。
「……。」
何も言わない。
ただ。
前を見る。
左腕へ魔力が集まる。
銀色の装甲。
肩まで広がる白銀。
蒼白い紋様。
そして。
空中へ形を成していく、
巨大な狼の前脚。
フェンリル。
静かな鼓動。
ドクン。
ドクン。
ベスは剣を握る。
ゆっくりと、
その切っ先を前へ向けた。
「――来い。」
その瞬間。
フェンリルが咆哮する。
ウゥォォォォォォォン!!
蒼白い光が地下神殿全体を駆け抜けた。
光は、
黒い外套を包む。
黒い仮面を照らす。
そして。
虚無の使徒たちを覆っていた黒い霧へ触れた。
ズッ……
黒い霧が、
一斉に掻き消える。
一体。
また一体。
さらに一体。
仮面を付けた虚無の使徒たちは、
突然何かを失ったように動きを止めた。
黒い霧は、
もうどこにも現れない。
レオンが目を見開く。
「消えた……!」
アイラも静かに息を呑む。
だが。
ガルドだけは違った。
身体へ纏う灰色の霧が、
ゆっくりと薄れていく。
半分。
また半分。
完全には消えない。
しかし。
力もまた、
半分ほど静かに削がれていく。
ガルドは小さく眉をひそめた。
「……そういうことか。」
広間の最奥。
一段高い場所。
そこに立つ黒い影だけは、
何も変わらなかった。
黒い外套。
黒い仮面。
左腕を覆う黒いガントレット。
黒い霧は纏っていない。
それでも。
その存在感だけは、
一切揺らがない。
蒼白い光が消える。
静寂が戻る。
誰も動かない。
その時だった。
黒い影が、
ゆっくりと一歩だけ前へ出た。




