オスディ
静かな寝息だけが地下神殿に響いていた。
焚き火は小さく揺れ、
灰猫が張った結界が淡く周囲を包んでいる。
長い戦いの疲れから、
灰鷹の誰もが深く眠りについていた。
「……。」
ノアはゆっくりと目を開ける。
何か。
何かが聞こえた気がした。
耳を澄ます。
最初は風だと思った。
けれど違う。
誰かが、
優しく名前を呼んでいる。
「……ノア。」
小さな声。
どこから聞こえてくるのか分からない。
でも。
怖くはなかった。
不思議と懐かしい。
そんな声だった。
ノアはそっと身体を起こす。
隣ではベスが静かに眠っている。
リシアも。
レオンも。
アイラも。
ガルドも。
誰も目を覚まさない。
ノアは起こさないよう静かに立ち上がった。
「どこへ行く。」
低い声がした。
灰猫だった。
丸くなっていた身体はそのまま。
片目だけを開き、
ノアを見つめている。
「……声が。」
ノアは小さく答える。
「誰かが呼んでる。」
灰猫はしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「行くなら。」
「わしの目の届く範囲だけじゃ。」
ノアはこくりと頷く。
「うん。」
灰猫は何も言わない。
結界の端へ歩くノアを、
静かに見送った。
ノアが結界へ触れる。
淡い光が波紋のように揺れ、
小さな身体を静かに外へ通した。
地下神殿は冷たい。
さっきまで感じていた焚き火の温もりが、
一歩外へ出ただけで消えてしまう。
それでも。
あの声は、
さらに奥から聞こえていた。
「……ノア。」
優しい声。
ノアは導かれるように歩き出す。
崩れた石柱。
割れた石床。
静まり返った長い回廊。
小さな足音だけが静かに響く。
やがて。
巨大な石扉の前へ辿り着く。
みんなで力を合わせても開かなかった扉。
ノアは不思議そうに見上げる。
その時だった。
「……あ。」
扉の一部が、
淡く光っていた。
石そのものが光っているのではない。
何かを待つように。
一点だけが静かに脈打っている。
ノアはゆっくり近付く。
小さく手を伸ばしかける。
だが。
途中で止めた。
「みんなに。」
「教えなきゃ。」
ノアはくるりと振り返る。
そして小走りで焚き火の方へ戻っていく。
灰猫はその姿を見て、
静かに片目を閉じた。
「……そうじゃ。」
「それでよい。」
小さく呟く。
ノアは結界の中へ戻ると、
真っ先にベスの肩を揺らした。
「ベス。」
「起きて。」
「みんな。」
「扉が……。」
「光ってる。」




