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バル  作者: 隣の猫
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282/404

イグネリ



地下神殿。


重苦しかった空気が、ようやく少しずつほどけ始めていた。


ガルドの身体を包んでいた灰色の霧が、糸が切れるように静かに消えていく。


灰色に染まっていた髪は元の色へ戻り、


瞳も、いつもの落ち着いた光を取り戻した。


腰へ手を添える。


仮面の半分だけが、なお黒い光を宿している。


ガルドは小さく息を吐いた。


目の前にいるのは、間違いなく団長だ。


だがほんの少し前まで、刃を交え、殺気をぶつけ合っていた相手でもある。


安堵と緊張が、同じ場所に残っていた。




その沈黙を破ったのは、


ノアだった。


ベスの後ろから、そっと一歩前へ出る。


「ノア。」


ベスが思わず呼び止める。


「大丈夫。」


ノアは小さく笑って、首を振った。


そのまま、まっすぐガルドの前まで歩いていく。


ガルドは少しだけ目を細めた。


「どうした。」


ノアはしばらくガルドを見上げていた。


緊張している様子はない。


ただ、じっと見て、それから――


にこっと笑った。


「……団長さん。」


「かっこよくなったね。」


一瞬。


地下神殿から、音が消えた。


空気が止まる。


誰もが、言葉の意味を一拍遅れて追いかけた。


「……。」


ガルドは返事に困ったように眉をひそめる。


その、少しだけ間の抜けた顔を見た瞬間だった。


「ぶっ……!」


最初に吹き出したのはレオンだった。


「ははっ……!」


「団長!」


「そこ褒められるところかよ!」


肩を震わせながら、堪えきれずに笑う。


その笑いが引き金になった。


ベスも、口元を押さえたまま肩を揺らす。


「……っ、はは。」


「ノアらしいな……。」


アイラは目を丸くしたあと、ふっと表情を緩めた。


「ふふ……。」


「確かに、そう見えなくもないですね。」


リシアも、張り詰めていた息をようやく吐き出すように笑った。


「……似合っていますよ。」


「お前まで言うか。」


ガルドが苦笑する。


灰猫が鼻を鳴らした。


「悪くないではないか。」


「素直に受け取っておけ。」


「そういう問題ではない。」


そのやり取りだけで、


張り詰めていた糸は一気に切れた。


さっきまでの重苦しさが嘘のように、空気がほどけていく。


ようやく。


灰鷹が、灰鷹へ戻った。




笑いが落ち着く。


ベスはふと辺りを見回した。


崩れた地下神殿。


静かな回廊。


人の気配はない。


「……他のみんなは。」


その一言で、再び空気が引き締まる。


さっきまで笑っていた顔が、すぐに真剣さを取り戻した。


ガルドも静かに周囲を見渡す。


「まだ分からん。」


「落下の衝撃で、離れ離れになったのだろう。」


レオンは大剣を肩へ担ぎ直した。


「探しに行かねぇと。」


言葉は荒いが、その声には焦りが滲んでいる。


アイラも頷いた。


「でも、この神殿は広すぎます。」


「闇雲に動くのは危険です。」


リシアが静かに口を開く。


「まずは扉ですね」


ガルドは小さく頷いた。


「そうだな。」


「まずは扉だ。」




巨大な石扉が、静かに佇んでいた。


封印の間。


世界の運命を分ける、最後の扉。


ベスが扉に触れる。


ガルドも扉へ手を当てた。


レオン。


アイラ。


リシア。


ノア。


全員が力を込める。


「……!」


重い地鳴りが響く。


ゴゴゴ……


石扉は、わずかに震えた。


だが。


それだけだった。


扉は一寸たりとも開かない。


レオンが歯を食いしばる。


「びくともしねぇ……!」


ベスも静かに手を離した。


「駄目か。」


灰猫がゆっくりと扉を見上げる。


「……まだじゃ。」


その一言だけだった。




静かな沈黙。


今度は、誰も軽口を挟めなかった。


ガルドは全員の顔を順に見渡す。


レオンの肩には傷が残っている。


アイラの目元には血の跡が乾ききっていない。


リシアはまだ顔色が悪い。


ベスもフェンリルの反動が抜けきっていない。


ノアも、巫女として目覚めたばかりで、まだどこか頼りないほど静かだった。


誰一人、万全ではない。


「戻るか。」


ガルドが呟く。


アイラはすぐに首を横へ振った。


「崩れた通路を戻る方が危険です。」


リシアも静かに続ける。


「今の体力では……途中で動けなくなるかもしれません。」


レオンは苦笑した。


「正直、もう腕が上がらねぇ。」


ベスも小さく頷く。


「俺もだ。」


ガルドは少しだけ目を閉じる。


そして、静かに決断した。


「……なら。」


「ここで休む。」


誰も反対しなかった。


それが、今できる最善だったからだ。


地下神殿は再び静寂に包まれる。


長い戦いのあと、


























灰鷹はようやく、一息つくことになった。

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