28
初任務を終えた翌日。
中央島の空は、珍しく厚い雲に覆われていた。
大きな任務を終えた若い戦士たちは、それぞれ束の間の休息を与えられる。
灰鷹も例外ではなかった。
「たまには肩の力を抜け。」
ガルドの一言で、団員たちは市場へ向かったり、街を見て回ったりと、それぞれの時間を過ごしていた。
ベスは一人、鍛冶街へ足を運んでいた。
鍛冶場では、真っ赤に焼けた鉄を職人たちが何度も打ち続けている。
カン。
カン。
規則正しい音が響く。
ベスはその光景を静かに見つめていた。
「面白いか?」
声を掛けてきたのは、髭を蓄えた老鍛冶師だった。
「はい。」
「剣って、一回で完成するものだと思ってました。」
鍛冶師は豪快に笑う。
「一回でできる剣なんざ、すぐ折れる。」
鉄を叩く。
火へ戻す。
また叩く。
「何度も熱されて。」
「何度も叩かれて。」
「それでも残ったものだけが、本物になる。」
ベスは黙って聞いていた。
その言葉は、どこか自分と重なった。
夕方。
灰鷹は港近くの丘で焚き火を囲んでいた。
珍しく依頼もない。
酒もない。
ただ仲間と食事をするだけの時間。
灰鷹の団員たちの笑い声が、静かな夜へ溶けていく。
レオンは珍しく剣を置いて座っていた。
アイラは焚き火を見つめながら、小さく笑う。
リシアは皆へパンを配っている。
普段は戦場でしか顔を合わせない仲間たちと、
ただ同じ時間を過ごす。
それだけのことが、ベスには少し不思議だった。
しばらくして。
レオンが突然口を開いた。
「なあ。」
「みんな、何のために強くなる?」
少し意外な質問だった。
最初に答えたのはアイラだった。
「私は。」
少し考える。
「もっと遠くを見るため。」
「今より強くなれば、助けられる人が増えると思うから。」
レオンは頷いた。
「俺は、自分の剣がどこまで届くのか知りたい。」
その目には、少年らしい負けず嫌いが宿っていた。
「まだ知らない強いやつが、世界にはいる。」
「だったら、全部見てみたい。」
ベスは少し笑った。
そして。
皆の視線がベスへ向く。
ベスはしばらく黙っていた。
焚き火が小さく揺れる。
「最初は。」
「神様に復讐するためだった。」
誰も口を挟まない。
「両親を奪われたから。」
「村を奪われたから。」
炎を見る。
「世界なんて、どうでもよかった。」
その言葉は昔の自分だった。
「でも。」
仲間たちを見る。
ガルド。
レオン。
アイラ。
リシア。
灰鷹の仲間たち。
「今は違う。」
「誰かが、大切なものを失う瞬間を減らしたい。」
「そのために強くなりたい。」
静かな沈黙。
やがてレオンが笑う。
「やっぱり、お前らしい。」
その夜。
皆が眠った後。
ベスは一人で剣を振っていた。
月明かりの下。
一振り。
また一振り。
汗が落ちる。
「眠らないのか。」
振り返る。
ガルドだった。
「まだ足りない気がします。」
「今日勝てても。」
「明日は負けるかもしれない。」
ガルドは静かに頷く。
「それでいい。」
ベスは顔を上げる。
「え?」
「強さを求める者ほど、自分の未熟さを忘れてはいけない。」
ガルドは空を見る。
「剣の強さ。」
「心の強さ。」
「仲間を信じる強さ。」
「どれか一つだけでは、生き残れん。」
ベスは黙って聞く。
「三つを持つ者だけが、本当の意味で強くなる。」
ガルドは背を向ける。
「焦るな。」
「お前は進んでいる。」
夜明け。
ベスは水平線から昇る朝日を見つめていた。
剣を握る手を見る。
まだ傷だらけ。
まだ未熟。
それでも。
昨日より少しだけ前へ進んでいる。
そう思えた。
しかし。
穏やかな時間は長く続かなかった。
港へ鐘の音が響く。
一度。
二度。
三度。
緊急招集の鐘。
王国兵が叫ぶ。
「全戦士、広場へ集結!」
「中央島北部砦が魔物の群れに襲撃された!」
ベスは剣を握り直す。
レオンが隣へ立つ。
アイラが弓を背負う。
リシアも静かに頷く。
日常は終わった。
灰鷹は再び戦場へ向かう。
新たな戦いが、彼らを待っていた。




