フェルノア
「……あの日のことを。」
小さな黄金の鷹は、
静かに目を閉じた。
地下神殿の景色が、
少しずつ遠ざかっていく。
遠い記憶。
まだ何も失っていなかった頃。
広い空。
青い風。
陽光を浴びて輝く黄金の翼。
そこには、
三羽の鷹がいた。
幼い自分。
優しい母。
そして。
大きな翼を持つ父。
父はいつも空を飛んでいた。
誰よりも高く。
誰よりも自由に。
大きな翼が風を掴む姿は、
幼い鷹にとって憧れだった。
「いつか。」
「お前も飛べるようになる。」
父はそう言って笑った。
幼い鷹は何度も翼を動かした。
まだ上手く飛べない。
風に乗れない。
何度落ちても、
父は下から支えてくれた。
母は優しく見守ってくれた。
その山には、
穏やかな時間が流れていた。
木々の間を風が抜ける。
鳥たちが空を舞う。
遠くには、
古い神殿が静かに佇んでいた。
幼い鷹にとって、
その場所は特別だった。
怖い場所ではない。
父と母が守る場所。
いつも帰る場所。
ただ、それだけだった。
ある日。
幼い鷹は父の背中へ乗り、
神殿の近くの空を飛んでいた。
まだ一人では遠くまで行けない。
それでも。
少しずつ高く。
少しずつ遠く。
父の後ろを追い掛ける。
「怖くないか?」
父が尋ねる。
幼い鷹は小さく頷いた。
「父さんがいるから。」
父は優しく笑った。
「そうか。」
「なら覚えておけ。」
「翼は飛ぶためだけにあるんじゃない。」
「守るためにもある。」
幼い鷹は、
その言葉の意味をまだ知らなかった。
ただ。
父のようになりたい。
そう思っていた。
その日も、
いつもと同じ空だった。
父と飛ぶ。
母の元へ戻る。
そんな毎日が続くと思っていた。
しかし。
空気が変わった。
風が止まる。
鳥たちが一斉に飛び去る。
父の翼が静かに広がる。
幼い鷹には分からなかった。
何が起きたのか。
なぜ父が、
そんな顔をしているのか。
遠く。
空の向こう。
黒い霧が見えた。
少しずつ。
少しずつ。
山へ近付いてくる。
黒い外套。
黒い仮面。
虚無の使徒。
そして。
その後ろに続く無数の魔物。
母は幼い鷹を後ろへ下げる。
父は前へ出る。
黄金の翼が、
大きく広がった。
次の瞬間。
空気が震えた。
父鷹が飛ぶ。
一度、翼を振るう。
それだけだった。
砂煙が舞い上がる。
迫っていた魔物たちが、
次々と吹き飛ぶ。
巨大な身体。
鋭い牙。
それらすべてが、
まるで小さな石ころのように転がっていく。
虚無の使徒が黒い霧を放つ。
黒い刃が空を裂く。
しかし。
黄金の翼が揺れる。
風が走る。
黒い霧は押し返される。
一体。
また一体。
虚無の使徒も。
魔物の群れも。
近付くことすらできない。
幼い鷹は、
ただ見ていた。
父は強い。
母も強い。
この二人なら、
何が来ても大丈夫。
そう信じていた。
しかし。
その時。
虚無の使徒たちが、
一斉に動きを止めた。
まるで、
誰かを迎えるように。
ズズズズ……
黒い霧が集まり始める。
空気が重くなる。
音が消える。
その中心から。
ゆっくりと一つの影が姿を現した。
父鷹の翼が止まる。
母鷹も静かに身構える。
幼い鷹は初めて見た。
父が警戒する姿を。
その影は
ただ。
ゆっくりと手を上げる。
闇が集まる。
一点へ。
形を変える。
そして。
その力は、
母鷹へ向けられた。




