ルオス
触れた瞬間。
世界が白く染まった。
音が消える。
風が止まる。
地下神殿も。
黄金の翼も。
黒い霧も。
全てが遠ざかっていく。
気付けば。
そこは草原だった。
どこまでも続く緑。
静かな風。
雲一つない空。
世界が始まる前のような、
静かな場所。
ベスはゆっくりと立ち上がる。
身体に痛みはない。
傷もない。
ただ。
目の前に一人の少女が立っていた。
「……ノア。」
振り返った少女。
その姿を見て、
ベスは息を止める。
蒼白い髪。
静かな瞳。
いつもの幼いノア。
けれど。
そこにいる存在は、
いつものノアとは少し違っていた。
「ベス。」
声はノアだった。
でも。
どこか遠い。
静かな響き。
しばらく。
二人は何も言わなかった。
風だけが草原を揺らしている。
「ベス。」
ノアが口を開く。
「あなたは。」
「力を持ったら。」
「何をするの?」
ベスは目を伏せる。
すぐに答えられなかった。
浮かぶ。
焼けた村。
倒れた家族。
消えた日常。
胸の奥に残り続ける怒り。
「……復讐する。」
静かな声。
ノアは否定しない。
「神を。」
「許すつもりはない。」
風が止まる。
「じゃあ。」
ノアは続ける。
「もし。」
「あなたが。」
「神より強い力を手に入れたら?」
ベスは顔を上げる。
「世界を変える?」
その言葉に。
一瞬だけ。
昔の自分が浮かんだ。
強くなれば。
全てを変えられる。
敵を倒せば。
苦しみは終わる。
そう信じていた。
でも。
今は。
違う景色が浮かぶ。
レオン。
アイラ。
リシア。
ボルグ。
エイン。
ガルド。
灰鷹。
ノア。
共に笑った時間。
共に戦った時間。
「……。」
ベスは拳を握る。
「昔なら。」
「そうしていたと思う。」
「自分が正しいと思う世界を。」
「作ろうとしていた。」
ノアは静かに見つめる。
「今は?」
ベスは空を見る。
「怖い。」
ノアが少しだけ目を細める。
「力を持つことが?」
ベスは首を振る。
「違う。」
「力を持った自分が。」
「間違えることが。」
静かな風が吹く。
「強いから。」
「正しいわけじゃない。」
「力があるから。」
「何をしてもいいわけじゃない。」
「それを許したら。」
ベスは目を閉じる。
「俺が憎んだものと。」
「同じになる。」
沈黙。
ノアが問い掛ける。
「では。」
「力とは何?」
ベスはしばらく黙っていた。
そして。
ゆっくり答える。
「繋ぐもの。」
ノアの瞳が揺れる。
「人と人。」
「違う存在同士。」
「過去と未来。」
「壊すためじゃない。」
「支配するためじゃない。」
「共に在るためのものだ。」
その瞬間。
草原の奥で、
大きな影が動いた。
銀色の毛並み。
古き瞳。
フェンリル。
フェンリルは静かにベスを見る。
「……。」
長い沈黙。
「ようやく。」
「ここまで来たか。」
フェンリルが一歩進む。
「力を恐れぬ者でもない。」
「力に酔う者でもない。」
「力を持つ者として。」
「自らを律する者。」
その瞳が、
ノアへ向く。
「導きの巫女。」
ノアは静かに頷いた。
フェンリルの光が、
ゆっくりと広がり始める。
蒼白い光。
それはまだ、
ベスの手には届かない。
しかし。
確かに。
継承者へ向けられた光だった。




