フェイリア
地下神殿の奥。
ベスとノアは静かな回廊を歩いていた。
崩れた柱。
砕けた壁。
黒く染まった石床。
長い年月を耐え続けた神殿は、傷つきながらもまだその姿を残している。
二人の足音だけが、暗い空間へ響いていた。
「……みんな、大丈夫かな。」
ノアが小さく呟く。
ベスは少しだけ前を見た。
「大丈夫だ。」
迷いなく答える。
「団長なら。」
「レオンも。」
「アイラも。」
「リシアも。」
「あの人たちは簡単には負けない。」
そう言ってから、
少しだけ表情を曇らせる。
「……でも。」
「心配なのは俺も同じだ。」
灰鷹の仲間たち。
名前も。
顔も。
一緒に過ごした時間も。
全部覚えている。
訓練で笑った日。
任務から帰ってきた夜。
戦いの後、疲れながらも交わした言葉。
もう失いたくない。
ベスは剣を握る手へ力を込める。
「早く合流しよう。」
「うん。」
ノアも頷いた。
しばらく進んだ先。
一つの小さな部屋があった。
扉は崩れている。
中から魔物の気配はない。
ベスは警戒しながら中へ入る。
そこには、
壁一面に古い壁画が刻まれていた。
描かれていたのは、
巨大な獣。
その隣に立つ、一人の人間。
そして。
その二つの存在の間にいる、小さな少女。
少女は武器を持っていない。
戦っているわけでもない。
ただ。
そこに立っていた。
獣も。
人も。
少女へ敵意を向けていない。
まるで、
その場所だけが静かな世界になっているようだった。
ノアはゆっくり近付く。
「……。」
小さな手で壁へ触れる。
ベスが尋ねる。
「何か感じるか?」
ノアは少し考える。
「分からない。」
「でも……。」
壁画を見る。
「この子。」
「何もしてないように見えるけど。」
「ちゃんと、そこにいる意味がある気がする。」
ベスは黙って壁画を見る。
確かに。
少女は戦っていない。
命令しているわけでもない。
ただ、その場にいるだけ。
それなのに。
獣と人は争っていなかった。
ノアの指先が、
少女の描かれた部分へ触れる。
その瞬間。
小さな光が一度だけ灯った。
壁画の奥。
誰にも気付かれないほど僅かな光。
すぐに消える。
ノアだけが、
少しだけ目を瞬かせた。
「……。」
「どうした?」
ベスが聞く。
ノアは首を横に振る。
「ううん。」
「ただ。」
少しだけ微笑む。
「この子は、ずっと頑張ってたんだなって思った。」
ベスは壁画を見る。
その意味はまだ分からない。
けれど。
ノアがそう感じたなら、
きっと何かがあるのだと思った。
「行こう。」
ベスが言う。
ノアは頷く。
二人は再び神殿の奥へ進んでいく。
仲間たちと合流するために。
そして。
まだ誰も知らない。
導きの巫女が持つ本当の意味が、
少しずつ目覚め始めていることを。




