ドゥべ
中央島に到着してから五日。
若き戦士たちは毎日、訓練と模擬戦を繰り返していた。
勝敗だけが評価される場所ではない。
どのように戦い、
何を考え、
何を選ぶのか。
それを見られていた。
ベスは朝から木剣を振っていた。
汗が石畳へ落ちる。
昨日のレオンとの稽古。
そしてアイラとの模擬戦。
まだ足りないものがある。
そう感じていた。
「相手を見る。」
ガルドに言われた言葉を思い出す。
剣を見るな。
敵を見る。
その意味を、少しずつ理解し始めていた。
その様子を。
訓練場の端から一人の老人が静かに見つめていた。
白髪混じりの短髪。
質素な服。
剣も鎧も身につけていない。
周囲の若い戦士たちは誰も気に留めない。
ただの老人にしか見えなかった。
しかし。
ガルドだけは違った。
老人へ静かに頭を下げる。
「お久しぶりです。」
老人は穏やかに笑った。
「久しいな。」
「随分と変わった。」
ガルドは何も答えない。
その横顔には、珍しく緊張が浮かんでいた。
ベスは不思議そうに尋ねる。
「団長、あの人は?」
「……昔の知り合いだ。」
それ以上、ガルドは語らなかった。
その日の午後。
模擬戦が始まる。
ベスの相手は大柄な青年だった。
名はガイン。
二メートル近い巨体。
手には巨大な戦斧。
「悪いな。」
ガインが笑う。
「加減は得意じゃない。」
開始の合図。
一直線。
ガインが踏み込む。
戦斧が唸りを上げた。
重い。
受ければ押し切られる。
ベスは横へ流れる。
二撃目。
三撃目。
避ける。
避ける。
観客がざわめく。
「逃げているだけじゃないか?」
「攻撃しないのか?」
だが。
ベスは動きを止めない。
見る。
呼吸。
足。
肩。
斧を握る手。
全てを見る。
六撃目。
ガインの呼吸が乱れた。
足が少しだけ遅れる。
その瞬間。
「そこだ。」
ベスが踏み込む。
戦斧が石床へ叩き込まれる。
抜くには一瞬。
その隙。
木剣がガインの胸元へ触れた。
「一本。」
静寂。
ガインは目を丸くした。
そして。
大きく笑う。
「参った!」
会場から拍手が起こる。
派手な一撃ではない。
力で押した勝利でもない。
相手を見続けた結果の勝利だった。
試合後。
老人が初めてベスの前へ歩いてくる。
「少年。」
ベスは慌てて頭を下げる。
「はい。」
老人は尋ねる。
「なぜ攻めなかった。」
ベスは少し考える。
「勝てる形になるまで待ちました。」
老人は静かに頷いた。
「そうか。」
「強い者ほど、自分の力を信じる。」
「だが。」
「本当に強い者は、相手を見る。」
その言葉にガルドが小さく笑った。
「昔から変わりませんね。」
老人も笑う。
「お前にも同じことを言った。」
ベスは二人を見る。
やはり、この老人はただ者ではない。
夕方。
訓練が終わる。
レオンが近づいてきた。
「また勝ったな。」
ベスは苦笑する。
「偶然だよ。」
「それ、嫌いだな。」
レオンは少し不満そうな顔をする。
「勝った奴がそんなこと言うな。」
「俺ならもっと喜ぶ。」
ベスは笑う。
「レオンらしい。」
「なんだそれ。」
レオンは少しむくれる。
だが。
その表情には、以前より少しだけ素直な笑みがあった。
その夜。
老人は王城の一室へ訪れていた。
王が尋ねる。
「どうだった。」
老人は窓の外を見る。
そこには宿へ戻るベスの姿。
「面白い少年でした。」
「強さだけを求めていない。」
「それが珍しい。」
王は静かに考える。
「特別な存在か。」
老人は首を横に振った。
「まだ分かりません。」
「ですが。」
「あの少年は、人の心を失わずに強くなれる可能性がある。」
王は黙った。
やがて小さく呟く。
「ならば、見届けよう。」
月だけが静かに中央島を照らしていた。
まだ誰も知らない。
この少年の歩む道が、
やがて世界の運命を変えることを。




