リア
ズズズ……
黒い霧が仮面のヒビから溢れ出す。
地下神殿の空気が一変した。
冷たい圧力が辺りを包み込み、
石床へ落ちていた砂粒までもが静かに震える。
人外の力。
だが。
アイラは逃げない。
弓を引いたまま、
ただ仮面だけを見つめ続ける。
(そこ。)
黒い霧が広がる。
仮面のヒビがわずかに開く。
ほんの一瞬。
本当に紙一重。
その変化だけを、
アイラは見逃さなかった。
虚無の使徒が踏み込む。
今までとは比べものにならない速度。
黒い霧が風を裂き、
一直線にアイラへ迫る。
普通なら。
もう避けられない。
それでもアイラは動かない。
いや。
動く必要がなかった。
ヒュンッ!!
一本の矢が放たれる。
虚無の使徒は避けない。
黒い霧で飲み込む。
その判断は正しい。
今までなら。
ズズッ……
黒い霧が矢へ絡み付く。
その瞬間。
アイラの口元が僅かに動いた。
「そこ。」
一本目は囮。
本命は、
その後ろ。
風へ完全に溶け込んでいた二本目の矢。
黒い霧へ意識を向けた、その一瞬。
風だけを辿る矢が、
音もなく軌道を変える。
虚無の使徒が初めて目を見開いた。
「……!」
もう遅い。
矢は身体ではない。
剣でもない。
黒い霧でもない。
仮面のヒビだけを一直線に射抜いていた。
パキィィン!!
乾いた音が地下神殿へ響く。
仮面へ、新たな亀裂が走る。
黒い霧が大きく揺らぐ。
暴走する。
虚無の使徒は咄嗟に人外の力を維持しようとする。
ズズズズズ……
黒い霧がさらに膨れ上がる。
地下神殿全体が震えた。
だが。
もう遅い。
広がったヒビは、
人外の力そのものを支え切れなくなっていた。
アイラは静かに三本目の矢を番える。
目尻から流れた血が頬を伝い、
弦へ一滴だけ落ちる。
それでも。
視線は一度も揺れなかった。
「終わり。」
弦が静かに鳴った。




