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バル  作者: 隣の猫
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244/409

エアス



地下神殿は静まり返っていた。


崩れ落ちる石片の音だけが、静かに響く。


アイラは弓を構えたまま動かない。


視線の先には、速さを武器とする虚無の使徒。


互いに、一歩も動かない。


先に動いた方が負ける。


そんな緊張が空間を支配していた。




(見える。)


風の流れ。


足先の向き。


肩の僅かな揺れ。


呼吸。


筋肉の収縮。


全てが、ゆっくりと見えていた。


覚醒した今のアイラには、


速さはもう脅威ではない。


「――来る。」


黒い影が消えた。


いや。


速すぎるだけ。


普通なら。


アイラは一歩だけ横へ滑る。


ヒュンッ!!


放たれた矢が虚無の使徒の進路を横切る。


虚無の使徒は反射的に身体を捻る。


その先へ。


二本目。


さらに三本目。


ヒュンッ!!


ヒュンッ!!


休む暇もない。


避ける。


また避ける。


だが。


その動きは、全てアイラの予測通りだった。




「……。」


虚無の使徒が初めて足を止める。


ほんの一瞬。


その隙を逃さず、


アイラはさらに矢を放つ。


一本。


二本。


三本。


狙うのは身体ではない。


逃げ道。


風が流れる場所。


退く場所。


全てを塞ぐ。


虚無の使徒は動く。


しかし。


動く先には、すでに矢が待っていた。


「逃がさない。」


小さく呟く。


地下神殿へ乾いた弦音だけが響く。




虚無の使徒は初めて後退した。


速さでは振り切れない。


進んでも矢。


退いても矢。


左右も塞がれている。


完全に動きを読まれていた。


アイラは息を乱さない。


ただ見続ける。


風。


重心。


呼吸。


そして。


仮面のヒビ。




(あと少し。)


その時だった。


視界がわずかに赤く滲む。


目の奥へ鋭い痛みが走る。


それでも瞬きをしない。


集中を切らない。


赤い雫が静かに頬を伝い、


石床へぽたりと落ちた。


極限の集中。


その代償だった。




追い詰められた虚無の使徒が、


初めて小さく息を吐く。


そして。


ズズズ……


仮面のヒビから黒い霧が静かに溢れ始めた。


人外の力。


逃げ場を失ったからこそ、


使わざるを得なかった。


アイラの瞳が細くなる。


(来た。)


狙う瞬間は、





















今しかなかった。

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