アルニラム
激しい衝撃とともに、船が大きく傾いた。
「全員、掴まれ!」
船長の怒号が飛ぶ。
荷箱が転がり、甲板を駆けていた兵士たちが足を取られる。
海面が不気味に盛り上がった。
次の瞬間――
巨大な影が海から躍り出る。
全身を青黒い鱗で覆われた海魔。
長い尾が船体を叩きつけた。
ドォン!!
甲板が軋み、帆柱が大きく揺れる。
「来るぞ!」
ガルドが剣を抜く。
ボルグは盾を構え、船員たちを後ろへ下がらせた。
だが。
海魔は一体ではなかった。
海面のあちこちから背びれが姿を現す。
十体以上。
まるで船を包囲するように泳いでいる。
「囲まれた……。」
誰かが小さく呟いた。
⸻
「ベス!」
ガルドの声が飛ぶ。
「右舷を任せる!」
「分かった!」
ベスは駆け出す。
右手の剣を握り、
低く姿勢を落とす。
左腕の獣爪を前へ出す。
海魔が跳びかかる。
鋭い牙が月明かりを反射した。
ベスは半歩だけ踏み込む。
牙を獣爪で受け流し、
その勢いのまま剣を振り抜く。
銀色の軌跡が夜を裂いた。
海魔は甲板へ転がり、
すぐに起き上がる。
「硬い……!」
思ったより浅い。
鱗が鎧のように刃を弾いていた。
海魔は喉を震わせ、
不気味な鳴き声を上げる。
その声に応えるように、
他の海魔たちも一斉に動き始めた。
⸻
船の反対側。
巨大な大剣が夜の海を裂いた。
「お前ら、船へ近付けさせるな!」
レオンだった。
肩へ担いでいた大剣を振り抜く。
迫っていた海魔の突進を正面から受け止める。
ギィィン!!
衝撃で甲板が揺れる。
それでもレオンは一歩も退かない。
「重いな……!」
歯を食いしばる。
だが。
大剣を押し返すのではない。
力の流れを受け流し、
海魔の身体を船の外へ向けて弾き飛ばす。
巨大な身体が海へ落ちる。
「よし!」
レオンは再び大剣を構えた。
豪快な戦い方。
だが。
守るための剣だった。
⸻
ベスはその姿を見ていた。
港で出会った青年。
レオン。
強い。
ただ強いだけではない。
自分の後ろにいる人間を守るために剣を振っている。
「……。」
その瞬間。
ベスは少しだけ笑った。
自分とは違う戦い方。
だが。
同じものを守ろうとしている。
⸻
戦いは長引いた。
海魔は倒しても倒しても現れる。
船員たちの疲労も限界へ近付いていく。
その時。
ガルドが海をじっと見つめた。
「……違う。」
「こいつらは逃げている。」
「え?」
ベスも海を見る。
海魔たちは船だけを狙っているのではない。
何かから逃げるように、
必死に進路を変えている。
その先。
遥か遠くの海が、
ゆっくりと盛り上がった。
波ではない。
山のような影。
海そのものが立ち上がったようだった。
⸻
船長の顔から血の気が引く。
「まさか……。」
「嘘だろ……。」
年老いた船員が震える声で呟いた。
「海王種……。」
その言葉が甲板へ重く落ちる。
誰も動けなかった。
海魔たちですら、
一斉に進路を変え、必死に逃げ始める。
そして。
巨大な影が、
ゆっくりと月明かりの中へ姿を現した。
巨大な一つ目。
岩山のような甲羅。
海を割るほどの巨体。
これまで見てきたどんな魔物とも、
比べものにならない存在。
⸻
ベスは剣を握る手へ力を込める。
だが。
ガルドは静かに首を振った。
「剣を納めろ。」
「……え?」
「これは戦う相手じゃない。」
ガルドの声は、
いつになく静かだった。
「祈れ。」
「無事に通り過ぎてくれることを。」
⸻
ベスは初めて知った。
この世界には、
人が挑むことすら許されない存在がいる。
その巨大な影は、
ゆっくりと船の進路へ近付いていく。
夜の海は静まり返り、
波の音さえ消えたようだった。
そして誰も知らなかった。
この邂逅が、
後にベスの運命を大きく変える。
最初の“目撃”になることを。




