セリオ
灰鷹は静かにオアシスへ足を踏み入れた。
先ほどまでの灼熱が嘘のようだった。
澄み切った湖。
風に揺れるヤシの木。
色鮮やかな花々。
透き通る水の中では、小さな魚たちが群れを作って泳いでいる。
「……すげぇ。」
レオンが思わず息を呑む。
「本当に砂漠の真ん中なのか?」
アイラも辺りを見回す。
「まるで別世界ね。」
リシアは湖へ手を浸した。
「冷たい……。」
「生き返る。」
ノアは靴を脱ぎ、小さな足を水へ入れる。
「気持ちいい。」
その笑顔に、自然と皆の表情も緩んだ。
ガルドは周囲を見渡し、安全を確認すると口を開く。
「今日はここで休む。」
「水を補給しろ。」
「装備の手入れも忘れるな。」
「次にこんな場所がある保証はない。」
「了解!」
灰鷹はそれぞれ動き始めた。
レオンは湖で顔を洗い、
アイラは矢を一本一本点検する。
リシアは水を汲みながら、小さく鼻歌を口ずさんでいた。
ベスはそんな仲間たちを見て、小さく笑う。
ここ数日で初めて、誰も戦うことを考えていない時間だった。
焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
レオンが焼いた干し肉を頬張りながら言う。
「やっぱ飯は落ち着いて食うもんだな。」
「砂蠍に追いかけ回されながら食うもんじゃねぇ。」
「それは誰もしないと思うわ。」
アイラが笑う。
リシアも思わず吹き出した。
久しぶりに聞く、心からの笑い声だった。
ベスはガルドの頭へ乗っている灰猫を見る。
「なぁ。」
「ここって、どんな場所なんだ?」
灰猫はゆっくり欠伸をする。
「昔から。」
「守護獣が守る休息の地。」
「旅人も。」
「継承者も。」
「巫女も。」
そこまでは珍しく素直に話した。
レオンが驚く。
「今日はちゃんと説明してくれるんだな。」
灰猫は尻尾を一度だけ揺らした。
「気分。」
アイラが微笑む。
「それで?」
「どうして守ってるの?」
灰猫は少し考え込む。
「昔、この場所は――」
そこで言葉が止まった。
しばらく黙ったあと。
ゴロン。
その場へ寝転がる。
「……面倒。」
「続きは?」
ベスが苦笑しながら尋ねる。
灰猫は片目だけ開けた。
「そのうち。」
「分かる。」
それだけ言うと、本当に眠ってしまった。
「一番気になるところで終わるな!」
レオンが思わず叫ぶ。
アイラが笑う。
「猫らしいわね。」
ガルドも小さく笑みを浮かべる。
「昔からああだ。」
「話したい時は勝手に話す。」
「話したくない時は何を聞いても無駄だ。」
「自由すぎるだろ……。」
レオンのぼやきに、一同から笑いが漏れた。
灰猫は眠ったまま尻尾だけを一度揺らした。
夕暮れ。
オアシスは赤く染まり始める。
湖面は夕日を映し、まるで宝石のように輝いていた。
ノアは湖畔へ腰を下ろし、水面を眺める。
ベスもその隣へ座る。
「疲れた?」
ベスが尋ねる。
ノアは首を横に振った。
「ううん。」
「みんなと一緒だから平気。」
その言葉に、ベスは優しく微笑んだ。
「そうか。」
夜。
焚き火を囲みながら、それぞれが静かな時間を過ごしていた。
レオンはいびきをかいて眠り始め、
アイラは弓を抱えたまま星空を眺め、
リシアは小さく祈りを捧げる。
ガルドは火が消えないよう静かに薪をくべていた。
灰猫はベスの隣で丸くなり、気持ちよさそうに眠っている。
ベスは夜空いっぱいに広がる星を見上げた。
「……平和だな。」
誰も答えなかった。
ただ、穏やかな風だけがオアシスを吹き抜ける。
灰鷹は束の間の安らぎを胸に、それぞれ静かな眠りへ落ちていった。
それは、仲間たちが心から笑い合える最後の休息だった。




