ノル
蒼白い光が荒野を駆ける。
その速度は、先ほどまでとは比べものにならなかった。
巨獣が鋭い爪を振るう。
ベスは紙一重で身をかわす。
爪は空を切り裂き、砂煙だけが舞い上がる。
「はぁっ!」
一閃。
白銀の軌跡が巨獣の肩を深く斬り裂いた。
黒い血が荒野へ飛び散る。
「グォォォォッ!」
巨獣は初めて苦悶の咆哮を上げた。
巨獣は大きく跳び退く。
その背後から壊人たちが一斉に襲いかかる。
「邪魔だ。」
ベスは静かに左腕を振るう。
獣爪が唸る。
衝撃波が一直線に荒野を駆け抜け、壊人たちはまとめて吹き飛ばされた。
「すげぇ……。」
レオンは目を見開いたまま呟く。
「あれが……。」
「フェンリルの継承者、本当の力なのか……。」
アイラも思わず息を呑む。
「今までのベスとは、まるで別人……。」
リシアは静かに首を横へ振った。
「ううん。」
「あれが、本当のベスなんだと思う。」
その瞳には怒りも憎しみもない。
あるのは、大切な人を守ろうとする強い意志だけ。
その意志に、フェンリルは応えたのだった。
巨獣は傷だらけだった。
呼吸も乱れている。
あと一撃。
それで決着がつく。
ベスは剣を構えた。
長年追い続けた母の仇。
ついに、その背中へ届く。
その時だった。
「ベス!」
ノアの悲鳴が響く。
振り返る。
別の魔物が、傷ついたリシアへ襲いかかっていた。
リシアは立ち上がれない。
ノアも動けない。
目の前には仇。
後ろには仲間。
ほんの一瞬。
時間が止まったようだった。
巨獣は低く唸る。
見逃してやっただろう。
そう言わんばかりに。
ベスは静かに息を吐く。
そして。
剣を下ろした。
「……行け。」
その一言だけ残し、踵を返す。
一直線にリシアたちの元へ駆け出した。
白銀の獣爪が魔物を弾き飛ばす。
剣が閃く。
リシアの前へ立つ。
「大丈夫か!」
「……うん。」
リシアは安心したように微笑んだ。
その間に。
巨獣は一度だけベスを見つめる。
復讐を捨てた男を見つめるように。
そして静かに背を向け、荒野の彼方へ姿を消していった。
統率を失った魔物たちも、次々と逃げ去っていく。
やがて荒野には静寂だけが戻った。
ガルドはゆっくりと剣を鞘へ納める。
その足元を歩いていた灰猫が、ひらりと軽く跳び上がった。
肩へ乗る。
そして何事もなかったように、頭の上へちょこんと座った。
ガルドは少しだけ目を細める。
「……いつもの場所か。」
灰猫は返事をしない。
尻尾を一度だけ揺らすと、そのまま静かに目を閉じた。
ベスはその光景を見つめる。
黒い霧は、もうどこにもなかった。
言葉はない。
それでも十分だった。
ガルドが自分を失わずにいられた理由。
灰猫が、ずっとその傍らで支え続けていた理由を。
ベスは胸の中で静かに理解する。
ガルドがベスの隣へ並ぶ。
「追わないのか。」
ベスは遠ざかる巨獣を見つめたまま、小さく笑った。
「前の俺なら、追っていました。」
そして仲間たちへ視線を向ける。
レオン。
アイラ。
リシア。
ノア。
そして頭の上で静かに眠る灰猫とガルド。
「でも今は。」
「みんなが生きていてくれる方が、大事です。」
ガルドは何も言わなかった。
ただ、小さく頷く。
その頷きだけで十分だった。
荒野を渡る風は優しく吹き抜ける。
復讐だけを追い続けた少年は、この日――本当のフェンリルの継承者として、新たな一歩を踏み出した。




