ネメリア
荒野を埋め尽くす魔物たち。
その中心で、全身を黒い甲殻に覆われた異形。
六本の脚。
四本の腕。
顔には目がなく
裂けた口だけが不気味に笑っている。
一体の巨獣がベスを見つめていた。
その姿を見た瞬間――
止まっていた記憶が、一気によみがえる。
炎。
煙。
泣き叫ぶ村人たち。
そして。
幼い自分を庇うように立った母。
巨獣が振るった巨大な爪。
赤く染まる大地。
「逃げなさい……ベス。」
最後に聞いた母の声。
そのすべてが、昨日のことのように脳裏へ蘇る。
「……お前。」
ベスの握る剣が震えた。
「お前だ。」
低く漏れた声には、長年押し殺してきた感情がすべて込められていた。
「お前が……母さんを殺した。」
巨獣は静かにベスを見つめている。
まるで、その言葉を理解しているかのように。
その瞬間――
ベスの中で何かが切れた。
「あああああぁぁぁっ!!」
大地を蹴る。
一直線。
ただ巨獣だけを見て走る。
「ベス!」
レオンの声は届かない。
「戻れ!」
ガルドの命令も耳に入らない。
「ベス!」
ノアの叫びさえ、風の音にかき消えていく。
今のベスには、仲間の姿すら見えていなかった。
見えているのは、母を殺した仇だけ。
その瞳は、かつて復讐だけを胸に生きていた少年へ戻っていた。
まるで、一匹の獣のように。
サンドウルフが飛びかかる。
ベスは振り返ることもなく、一閃で斬り伏せた。
岩蜥蜴が横から襲う。
身体をひねり、そのまま喉を貫く。
毒尾蠍が尾を振るう。
踏み込みながら切り裂き、止まることなく前へ進む。
誰も近づけない。
誰も止められない。
「くそっ!」
レオンが歯を食いしばる。
「あいつ、周りが見えてねぇ!」
ガルドは剣を構えたまま動かない。
その表情だけが、いつになく険しかった。
「……また獣へ戻ったか。」
その呟きは、熱風の中へ消えていく。
ベスは魔物を斬り伏せながら走り続ける。
一歩。
また一歩。
巨獣との距離が縮まっていく。
あと二十歩。
十五歩。
十歩。
巨獣は逃げない。
動かない。
ただ静かにベスを見つめている。
その瞳には、焦りも恐れもなかった。
あるのは――
獲物を待つ捕食者の余裕だけ。
ベスは気付かない。
仲間の声も。
周囲を取り囲み始めた無数の魔物たちも。
今の彼には、何一つ見えていなかった。
ただ一つ。
復讐だけを、その胸に抱いて。




