ルシエル
「歓迎されておるぞ。」
灰猫の言葉を胸に、灰鷹は森のさらに奥へ進んだ。
歩き始めてどれほど経ったのか。
時間の感覚さえ曖昧になっていた。
昼なのか。
夕方なのか。
木々が空を覆い隠し、誰にも分からない。
「……止まれ。」
先頭を歩くガルドが右手を上げる。
全員が足を止めた。
目の前の木々が突然途切れている。
その先には――
「これは……。」
ベスは思わず息を呑んだ。
巨大な空間だった。
一本の木。
いや、木と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。
山ほどもある幹。
枝は空高く広がり、その根は大地を抱き込むように四方八方へ伸びている。
まるで森そのものを支える柱だった。
「……大樹。」
リシアが静かに呟く。
アイラも言葉を失っていた。
その大樹の根元には、石造りの建物が半ば飲み込まれていた。
幾重にも張った根が壁を貫き、屋根は苔に覆われている。
それでも建物の形は残っていた。
「神殿……か。」
ガルドが低く呟く。
アイラは目を輝かせる。
「造りが今まで見た遺跡と違います。」
「神殿よりも古い建築様式です。」
「こんな場所が残っていたなんて……。」
ノアは大樹を見上げたまま立ち尽くしていた。
「……ベス。」
ベスはしゃがみ込み、目線を合わせる。
「どうした?」
ノアは胸へ手を当てる。
「また聞こえる。」
「やさしい声。」
「こっちへおいでって。」
ベスは森の奥へ視線を向ける。
しかし誰の姿もない。
「誰かいるのか?」
ノアは小さく首を横へ振った。
「わかんない。」
「でも……。」
「怖くない。」
リシアは優しく微笑む。
「そう。」
「じゃあ、みんなで一緒に行こう。」
ノアは安心したようにベスの手を握った。
「……うん。」
ガルドは神殿の入口を見つめる。
巨大な石扉。
半分は大樹の根に覆われている。
だが、人が一人通れるほどの隙間が残されていた。
「中を調べる。」
レオンは笑いながら大剣を担ぐ。
「ようやく遺跡探検か!」
「なんだか冒険って感じがしてきたな!」
アイラは苦笑する。
「そういう時ほど気を付けてください。」
「古代遺跡には、何が残されているか分かりません。」
ベスが石扉へ近付いた、その時だった。
左腕のフェンリルが微かに震える。
ピクッ……
ほんの一瞬。
今までのような激しい反応ではない。
まるで、この場所に静かに応えたような、小さな鼓動だった。
ベスは左腕を見つめる。
「……今のは。」
灰猫は横目でその様子を見る。
しかし何も言わない。
静かに目を細めるだけだった。
ガルドは剣に手を添え、ゆっくりと石扉を押す。
ゴゴゴゴ……
重々しい音が森へ響く。
長い眠りから目覚めるように、石扉が少しずつ開いていく。
冷たい空気が外へ流れ出した。
暗闇の奥には、かすかな青白い光が揺れている。
誰も口を開かなかった。
森が長い年月守り続けてきた神殿。
その最奥には、この世界の歴史を知る者だけが辿り着ける”何か”が、今も静かに眠っていた。




