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バル  作者: 隣の猫
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17/397

ミラ



石像たちが再び沈黙すると、神殿全体を包んでいた振動も静まった。


祭壇の奥から、重々しい音が響く。


ゴゴゴゴ……。


壁が左右へゆっくりと開いていく。


その先には、長い階段が続いていた。


冷たい空気が吹き上がる。


まるで大地の底へ誘われるようだった。


「……行くしかないな。」


ガルドは剣を握り直し、先頭へ立つ。


誰も反対しなかった。


階段を下りるたび、壁に刻まれた紋様が青く灯る。


その光は、まるでベスを導いているようだった。


やがて最下層へ辿り着く。


そこは巨大な円形の空間だった。


天井は見えないほど高い。


中央には、黒い鎖で幾重にも縛られた巨大な水晶が浮かんでいる。


水晶の中には、人影があった。


長い髪を持つ、一人の女性。


眠るように目を閉じている。


「人……なのか?」


ボルグが息をのむ。


リシアはゆっくり首を振った。


「違う……。」


「この気配……。」


その瞬間。


フェンリルが激しく震えた。


ドクン。


まるで心臓が脈打つような音。


すると、水晶の女性がゆっくりと目を開く。


透き通るような金色の瞳。


その視線は真っすぐベスへ向けられていた。


『……継承者。』


声は耳ではなく、頭の中へ響く。


ベスは思わず一歩前へ出た。


「君は誰だ。」


女性は微笑む。


どこか悲しげな笑みだった。


『私は、最後の守り手。』


『名は――セレネ。』


その名前を聞いた瞬間。


ガルドの手が、わずかに止まった。


「……セレネ。」


小さく呟いた声には、驚きとも警戒とも取れない、複雑な色が混じっていた。


「まさか……。」


エインも顔色を失う。


「伝承の名じゃ……。」


だが、それ以上を口にする前に。


バキッ。


一本の黒い鎖に亀裂が走った。


部屋中へ不気味な音が響く。


『……時間がない。』


セレネの声が震える。


『封印が弱まっている。』


『何が封印されているんだ!』


ベスが叫ぶ。


女性は静かに目を閉じる。


『憎しみ。』


『神と人が生み出した、最初の災厄。』


その瞬間。


二本目の鎖が砕け散る。


轟音。


空気が震える。


床に黒い霧が流れ始めた。


エインが弓を構える。


「下がれ!」


霧は渦を巻き、一つの形を作っていく。


角。


翼。


黒い甲殻。


そして、真紅の瞳。


「魔物じゃない……。」


ボルグが震える。


「こんなの、見たことがねぇ……。」


その存在は咆哮もしない。


ただ静かに立ち、ベスを見つめていた。


『継承者。』


低く響く声。


『その牙を寄越せ。』


次の瞬間。


影が消えた。


速い。


ベスの目でも追えない。


ギィィィン!!


火花が散る。


フェンリルが辛うじて受け止める。


重い。


これまでの敵とは比べものにならない。


ベスの膝が床へ沈む。


「ぐっ……!」


ガルドが飛び込む。


剣が閃く。


しかし影は後ろへ跳び、傷一つ負わない。


「団長の剣が……。」


ボルグは言葉を失う。


ガルドは静かに息を吐く。


「全員。」


「戦うな。」


仲間たちが驚いて振り返る。


「勝てない。」


その一言は、誰よりも強いガルドだからこそ重かった。


「撤退する!」


「でも、あの人は!」


ベスは水晶の中のセレネを見る。


彼女は穏やかに首を横へ振った。


『行きなさい。』


『今のお前では、この運命には届かない。』


『強くなりなさい。』


『復讐のためではなく。』


『未来のために。』


その言葉を最後に、水晶は再び光を失う。


影が一歩踏み出す。


床が砕ける。


ガルドはベスの腕を掴んだ。


「走れ!」


灰鷹は神殿の出口へ向かって駆け出す。


誰も振り返らない。


振り返れば、逃げ切れないと分かっていた。


だがベスだけは、一瞬だけ後ろを見る。


暗闇の中。


セレネは微笑んでいた。


まるで――


「必ずまた会える。」


そう信じているかのように、、、。























その笑顔が、ベスの胸に深く刻まれた。

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