ノルフェス
灰鷹は男が指差した村へ向かって歩き続けた。
乾いた風が砂を巻き上げる。
近付くにつれ、村の異様さがはっきりと見えてきた。
家々は崩れ落ち、井戸は干上がり、畑には作物一本残っていない。
まるで、人々が暮らしていた時間だけが切り取られたようだった。
「……酷いな。」
レオンが小さく呟く。
誰も答えなかった。
村へ足を踏み入れる。
静かだった。
風の音しかしない。
「警戒を怠るな。」
ガルドの声に全員が武器へ手を添える。
家の扉は開いたまま。
食卓には干からびたパン。
床には木のおもちゃ。
生活の跡だけが、そのまま残されていた。
リシアは小さな人形を拾い上げる。
「この子も……。」
言葉は続かなかった。
アイラは壁へ目を向ける。
「これは……。」
炭で大きく文字が書かれていた。
『見るな。』
その隣には、
『聞くな。』
さらに別の家には、
『知るな。』
誰かが必死に書き残した言葉だった。
ベスは静かに壁を見つめる。
その時だった。
カラン……
乾いた音が響く。
全員が振り向く。
一本の木の杖が地面へ転がっていた。
その先。
一軒の家の陰から、小さな影が顔を覗かせる。
「子ども?」
リシアが思わず声を漏らす。
七、八歳ほどの少女だった。
痩せ細り、服はぼろぼろ。
しかし、その瞳にはまだ理性が宿っている。
少女は怯えた表情で灰鷹を見つめていた。
「大丈夫。」
リシアはゆっくり膝をつく。
「私たちは敵じゃないよ。」
少女は少しだけ近付く。
震える手でリシアの服を掴んだ。
「みんな……。」
「いなくなっちゃった……。」
その一言だけで十分だった。
リシアは優しく少女を抱きしめる。
「もう大丈夫。」
「私たちがいるから。」
少女は堰を切ったように泣き始めた。
⸻
ガルドは周囲を見渡す。
「……生存者は、この子だけか。」
その時。
灰猫が鼻をひくつかせた。
「違う。」
低い声だった。
「まだおる。」
全員の表情が変わる。
「……来るぞ。」
ガルドが剣を抜く。
村の奥。
崩れた建物の影。
一つ。
二つ。
三つ。
ゆっくりと黒い影が立ち上がる。
人の姿。
だが、人ではない。
少女は震えながら叫んだ。
「逃げて……!」
「あれ……。」
「お父さんと……。」
「お母さん……。」
その言葉に、灰鷹は息を呑む。
影はゆっくりとこちらへ歩き始める。
理性を失った壊人たちが。
家族だった面影だけを残したまま――。




