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バル  作者: 隣の猫
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154/431

小休止3


夜。


グリムファングは穏やかな波へ身を任せながら、静かに南を目指していた。


昼間の賑やかさが嘘のように、甲板は静まり返っている。


聞こえるのは波の音と、帆が風を受ける優しい音だけだった。




眠れなかったベスは、そっと甲板へ出る。


空を見上げると、無数の星が広がっていた。


「……綺麗だ。」


「でしょ?」


後ろから声がする。


振り返ると、船首へ腰掛けたリシアが微笑んでいた。


「眠れないの?」


「ああ。」


ベスはリシアの隣へ座る。


二人は何も言わず、しばらく星空を眺めていた。




「船の上から見る星って。」


リシアがぽつりと呟く。


「こんなに近く感じるんだね。」


ベスはゆっくり頷く。


「空に浮かんでるみたいだ。」


リシアは嬉しそうに笑った。


「ベスがそんなこと言うなんて。」


「昔じゃ考えられない。」


ベスは少し照れ臭そうに頭を掻く。


「そうかもな。」


「前は空なんて見てなかった。」


「剣ばかり見てた。」


リシアは静かに頷く。


「うん。」


「でも今は、ちゃんと前も、横も、空も見てる。」


その言葉に、ベスは少しだけ笑った。




ガタッ。


後ろから物音がした。


「やっぱここにいたか。」


レオンだった。


大きく欠伸をしながら近付いてくる。


「何してんだ?」


リシアが空を指差す。


「星を見てるの。」


レオンも見上げる。


「おぉ……。」


少しだけ黙る。


「……腹減った。」


ベスは吹き出した。


「雰囲気台無しだ。」


リシアも笑う。


「レオンさんらしいですね。」


「だろ?」




「騒がしいと思ったら。」


今度はアイラが本を抱えて現れた。


「皆さん、こんなところにいたんですね。」


レオンが甲板を叩く。


「座れよ。」


アイラは少し迷ったあと、小さく笑う。


「少しだけですよ。」


四人は並んで夜空を見上げる。


誰も急かさない。


誰も戦わない。


ただ静かな時間だけが流れていく。




しばらくして。


レオンが突然口を開いた。


「なぁ。」


「旅が終わったら何したい?」


ベスは少し考える。


「難しいな。」


レオンは即答した。


「俺は腹いっぱい肉食う。」


アイラが苦笑する。


「予想どおりです。」


「アイラは?」


「本を読んで、一日中のんびりします。」


「リシアは?」


リシアは星空を見上げたまま答える。


「また旅。」


「世界には、まだ見たことのない景色がたくさんあるから。」


三人の視線がベスへ向く。


「ベスは?」


少しだけ考える。


そして。


「……皆で笑ってたい。」


短い一言だった。


レオンは笑う。


「それ、いいな。」


アイラも静かに頷いた。


リシアは、とても嬉しそうに微笑んだ。




少し離れた場所。


ガルドは樽へ腰掛け、静かに夜空を眺めていた。


頭の上では灰猫が丸くなっている。


「行かんでいいのか。」


猫が小さく呟く。


ガルドは四人へ目を向けた。


笑い声が風に乗って聞こえてくる。


「……若い者同士の時間だ。」


猫は目を細める。


「そうか。」


「つまらん大人じゃ。」


ガルドは鼻で笑った。


「放っておけ。」




夜風が優しく黒い帆を揺らす。


星は静かに輝き続ける。


誰も知らない。


この穏やかな夜が、グリムファングの上で過ごす最後の静かな夜になることを。


それでも今だけは――























灰鷹の笑い声が、果てしない夜空へ優しく溶けていった。

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