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バル  作者: 隣の猫
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アルデバラン



神殿の扉が、重い音を立てて閉じた。


ゴォン――。


その音は大地の奥深くまで響いたように感じられた。


辺りは静まり返る。


灯りはない。


それなのに、壁に刻まれた青い紋様だけが淡く輝き、灰鷹の進む道を照らしていた。


「誰かが……管理しているのか?」


ボルグが小声でつぶやく。


「いや。」


エインは首を振る。


「ここは何百年も人の手が入っておらん。」


「なら、この光は何だ……。」


誰にも分からない。


ただ一人。


ベスの左腕だけが、鼓動のように熱を帯びていた。


フェンリルが、この場所に呼応している。



神殿の壁には、巨大な壁画が刻まれていた。


四つの大陸。


その中央に浮かぶ一つの島。


そして空から降り立つ、光に包まれた存在。


「神……?」


ベスは無意識につぶやく。


壁画には、その神々が人々へ何かを授ける姿が描かれていた。


剣。


炎。


水。


豊かな実り。


人々は跪き、感謝を捧げている。


「……おかしい。」


ガルドが眉をひそめた。


「神が人を救っている?」


ベスは拳を握る。


「嘘だ。」


「神は人を見捨てた。」


「この壁画は間違ってる。」


怒りが込み上げる。


だが、その時。


リシアが静かに壁へ触れた。


「違うかもしれない。」


「え?」


「これは……昔の出来事なのかも。」


ベスは黙り込む。


「昔」と「今」。


その違いを、彼はまだ考えたことがなかった。



さらに奥へ進む。


広い円形の広間へたどり着く。


中央には、一本の石碑が立っていた。


人の背丈ほどの高さ。


無数の古代文字。


その中心には、獣の牙を模した紋章。


ベスが近づく。


フェンリルが強く震えた。


すると、石碑の文字が青白く輝き始める。


「団長!」


エインが叫ぶ。


「下がれ!」


しかし、間に合わなかった。


ベスが石碑へ触れた瞬間。


世界が白く染まる。







気がつくと、ベスは草原に立っていた。


風が吹く。


空はどこまでも青い。


遠くでは子どもたちが笑っている。


争いの気配はない。


魔物もいない。


「ここは……。」


一人の老人が近づいてくる。


白い衣をまとい、長い杖を持っていた。


穏やかな瞳。


「ようこそ。」


老人は優しく笑う。


「若き継承者よ。」


「誰だ!」


ベスは剣へ手を伸ばす。


だが、腰には何もない。


フェンリルも消えていた。


老人は首を横に振る。


「安心しなさい。」


「ここは現実ではない。」


「記憶の回廊。」


「記憶……?」


「遥か昔、このバルに刻まれた記憶だ。」


ベスは周囲を見回す。


あまりにも平和だった。


こんな世界が本当にあったのか。


老人は空を見上げる。


「昔、人と神は共に笑っていた。」


その言葉に、ベスの心が大きく揺れる。


「嘘だ。」


「神が人と……?」


「信じられないのも無理はない。」


老人は悲しそうに微笑む。


「だが、お前はいずれ真実を知る。」


「神はなぜ人を半分に減らしたのか。」


「なぜ魔物が生まれたのか。」


「そして――」


老人はベスをまっすぐ見つめる。


「神々は、本当に人類の敵だったのか。」


その瞬間。


景色が崩れ始めた。


草原が砕け、光となって消えていく。


老人の姿も薄れていく。


「待て!」


「教えてくれ!」


老人は最後に、静かに言った。


「焦るな。」


「答えは、お前自身が選ぶものだ。」


「復讐だけでは、真実には辿り着けない。」


世界が白く弾ける。






ベスは石碑の前で目を覚ました。


膝をつき、荒い息を繰り返す。


「ベス!」


リシアが駆け寄る。


「大丈夫!?」


「……今。」


ベスは石碑を見つめる。


そこにはもう、何の光もなかった。


ガルドが静かに尋ねる。


「何を見た。」


ベスは少し迷い、ゆっくり答える。


「神と……。」


「人が笑っていた。」


その言葉に、その場の誰もが息をのんだ。


神殿の奥から、冷たい風が吹く。


まるで、遥か昔の誰かが。


「続きを知りたければ、さらに進め。」


そう囁いているかのように。


灰鷹は互いに顔を見合わせる。


そしてガルドは剣の柄を握り直した。


「行こう。」


「ここから先が、本当の依頼だ。」


誰も引き返さなかった。


それぞれの胸に、違う答えを抱えながら。


そしてベスはまだ知らない、、、。





















自分が見た老人こそ、神々の時代に「人と神の共存」を最後まで信じ続けた賢者であり、その意志が、何千年もの時を超えて自分へ託されようとしていることを。

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