プロキオン
王都騎士団壊滅。
その報せは、一週間もしないうちに各地へ広がった。
「あり得ねぇ……。」
酒場で団員たちが顔を見合わせる。
「王国騎士団が全滅なんて。」
「相手は何だったんだ?」
「生き残りはいないらしい。」
笑い声の絶えなかった食堂にも、重苦しい空気が漂っていた。
ガルドは地図を広げる。
「討伐地点は《白霧の渓谷》。」
「王都から北へ三日。」
エインが腕を組む。
「魔物の縄張りじゃない。」
「それなのに、なぜ群れが集まった?」
誰も答えられなかった。
まるで何者かが、魔物を導いているかのようだった。
翌朝。
灰鷹に正式な依頼が届く。
依頼主は王国。
内容は一つ。
『白霧の渓谷の調査』
危険度は最高位。
断っても誰も責めはしない。
しかしガルドは依頼書を静かに畳んだ。
「行く。」
誰一人、異論はなかった。
出発前夜。
ベスは砦の裏庭で剣を振っていた。
以前より動きは滑らかになっている。
それでも、左腕のフェンリルだけは時折わずかに震えた。
「……まただ。」
違和感が消えない。
まるで、どこかへ引かれているようだった。
「眠れないの?」
振り返るとリシアが立っていた。
毛布を肩に掛け、温かい飲み物を両手に持っている。
「これ。」
ベスは受け取る。
薬草茶だった。
「苦そう。」
「今日は甘くしたよ。」
一口飲む。
確かに少し甘い。
「……うまい。」
リシアは満足そうに笑った。
しばらく二人は夜空を眺める。
星々が静かに輝いている。
「ねぇ、ベス。」
「神様って、本当に悪い存在だと思う?」
突然の問いだった。
ベスは迷わず答える。
「悪い。」
「俺の村を見捨てた。」
リシアは悲しそうに目を伏せる。
「……そっか。」
それ以上は何も言わなかった。
三日後。
灰鷹は白霧の渓谷へ到着する。
深い霧。
鳥の声すら聞こえない。
異様な静けさだった。
「気を付けろ。」
ガルドが剣へ手を添える。
「静かすぎる。」
歩き始めて間もなく。
ベスは足を止めた。
「……血。」
岩肌に乾いた血痕が残っている。
さらに進む。
折れた槍。
砕けた盾。
王国騎士団の装備だった。
「全滅、か……。」
ボルグが低く呟く。
誰も遺体には触れない。
剣だけを拾い、静かに並べていく。
それが戦士への礼儀だった。
やがて霧が晴れる。
その先に現れたものを見て、一同は息を呑んだ。
巨大な神殿。
山そのものを削って造られたかのような古代建築。
壁一面に刻まれた見たこともない文字。
崩れた石柱。
そして正面の扉には、獣の牙を模した紋章が刻まれていた。
ベスの左腕が熱を帯びる。
フェンリルが震え始めた。
青い紋様がゆっくりと浮かび上がる。
ギィ……
誰も触れていないはずの石扉が、ひとりでに開いていく。
冷たい風が吹き抜ける。
暗闇の奥から、かすかに聞こえる声。
それは人の言葉ではない。
けれど、不思議とベスには意味が伝わった。
――《継ぐ者よ》
――《ようやく来たか》
ベスは思わず一歩前へ出る。
「誰だ!」
返事はない。
ただ、神殿の最奥で青白い光が一度だけ脈打った。
ガルドはベスの肩をつかむ。
「勝手に進むな。」
しかし、その声にはわずかな動揺が混じっていた。
彼も気づいていた。
この神殿は、普通ではない。
そしてフェンリルが、この場所を知っている。
静寂に包まれた神殿を前に、灰鷹はゆっくりと足を踏み入れる。
誰もまだ知らない、、、。
この場所こそが、神々と人類の歴史を覆す最初の扉であることを。




