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バル  作者: 隣の猫
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147/410

シヴァル



「腕が……。」


若い船員の震える声が部屋へ響く。


全員の視線が集まる。


船員は左腕を押さえ、その場へ膝をついた。


「熱い……!」


皮膚の色が黒く染まり始める。


血管のように黒い筋が腕を這い、ゆっくりと肩へ広がっていく。


「リシア!」


ベスが叫ぶ。


「はい!」


リシアはすぐに駆け寄り、船員の腕へ両手を添えた。


柔らかな治癒の光が部屋を包む。


「大丈夫です。」


「落ち着いてください。」


しかし――


光は、弾かれた。


「そんな……。」


リシアの表情が凍りつく。


もう一度。


さらに強い治癒魔法を放つ。


それでも変化はない。


侵食は止まらない。


「お願い……!」


「止まって!」


何度魔法を重ねても、黒い筋は胸元まで広がっていく。


船員は苦しそうに息を荒げた。


「船長……。」


バルガが駆け寄る。


「しっかりしろ!」


船員は震える手で、船長の腕を掴んだ。


涙がこぼれる。


「……分かるんだ。」


「もう……戻れねぇ。」


部屋が静まり返る。


「俺は見た。」


「仲間がこうなっていくのを。」


「最後には……。」


「家族まで襲ってた。」


震える声。


「俺は……。」


「そんな化け物になりたくねぇ。」


船員はゆっくりとベスを見る。


まだ瞳だけは、人のままだった。


「頼む。」


「俺を……。」


「殺してくれ。」


その一言に、リシアは首を振る。


「駄目です!」


「まだ方法があるかもしれません!」


船員は弱々しく笑った。


「ねぇよ……。」


「俺たちは、ずっと探した。」


「誰も……助からなかった。」


その瞬間。


黒い侵食が首元まで駆け上がる。


「がぁぁぁぁぁぁ!!」


絶叫。


身体が大きく痙攣する。


骨が軋み。


皮膚が裂け。


腕が異形へ変わっていく。


「下がれ!」


ガルドが一歩前へ出る。


静かに新しい剣を抜いた。


ベスは叫ぶ。


「団長!」


ガルドは視線を逸らさない。


「……もう、人ではない。」


短い言葉。


そこに迷いはなかった。


異形となった船員が咆哮を上げる。


次の瞬間。


ガルドの剣が閃いた。


一太刀。


苦しみ続けていた身体は、その場へ静かに崩れ落ちる。


部屋は静寂に包まれた。


リシアは唇を噛み締め、俯く。


「……ごめんなさい。」


助けられなかった。


その事実だけが胸へ突き刺さる。


しかし悪夢は終わらなかった。


「船長……!」


別の船員が叫ぶ。


「俺もだ!」


「腕が!」


「身体が熱い!」


一人。


また一人。


黒い侵食は船内にいた全員へ広がり始める。


バルガはその光景を見渡し、ゆっくりと目を閉じた。


「……ここまでか。」


そして静かに剣を拾い上げる。


その切っ先を、自らの喉へ向けた。


だが。


ガルドが剣を払った。


カンッ――!


乾いた音が響く。


バルガは驚いたように顔を上げる。


ガルドは静かに言う。


「最後まで、生きろ。」


「仲間を見届けろ。」


「それがお前の責任だ。」


バルガは何も答えられなかった。


ただ、大粒の涙だけが頬を伝う。


港の外では、夕日が黒い船――グリムファングを赤く照らしていた。





















それはまるで、一つの時代の終わりを見届けるかのようだった。

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