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バル  作者: 隣の猫
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エルノア



休憩所には重い沈黙が流れていた。


誰も言葉を発しない。


聞こえるのは、港へ寄せる波の音だけだった。


やがてバルガが静かに口を開く。


「……あの日までは。」


「第四の大陸も、いつも通りだった。」


「暑いだけの土地だ。」


「猿の化け物が暴れ。」


「空じゃ翼を持つ魔物が飛び回る。」


「危険だったが、生きてはいけた。」


その声は、どこか遠い過去を語るようだった。


「だが、ある日。」


「全部が変わった。」


ベスは静かに耳を傾ける。


「何があった。」


バルガはゆっくり首を振った。


「分からねぇ。」


「誰にも分からねぇ。」


「ただ……。」


男の顔から血の気が引く。


「あの日。」


「大陸の中央の空が……歪んだ。」


誰も言葉を発しない。


「空気が震え。」


「地面が唸り。」


「空そのものが裂けるように揺らいだ。」


「そこから先は、誰も近付けなかった。」


アイラが眉をひそめる。


「何かが現れたんですか?」


「見えねぇ。」


「見えねぇのに。」


「そこへ近付いた奴らは、みんな様子がおかしくなった。」


リシアが小さく息を呑む。


「どう、おかしく……。」


「夜になると、知らない言葉を喋る。」


「誰もいない場所を見て笑う。」


「急に泣き出す。」


「自分の家族を、化け物だと言って斬りかかる。」


バルガは拳を強く握り締めた。


「そして……。」


「身体まで変わり始めた。」


ベスは思わずフェンリルへ視線を落とす。


「人だけじゃねぇ。」


「魔物まで狂った。」


「森は静かになったと思えば、翌日には別の化け物だらけになっていた。」


「暑さも異常になった。」


「川は干上がり。」


「村は消えた。」


「世界そのものが壊れ始めたんだ。」


レオンは低く呟く。


「……そんな馬鹿な。」


「俺だって信じたくなかった。」


バルガは苦笑する。


「だから逃げた。」


「逃げられる奴を船へ乗せ。」


「海へ出た。」


「だが……。」


男は俯く。


「逃げても終わらなかった。」


その時だった。


ガルドの頭の上で丸くなっていた灰猫の耳が、ぴくりと動く。


ガルドだけが、その小さな変化に気付いた。


「……。」


視線だけを向ける。


猫は目を閉じたまま、小さく鼻を鳴らした。


「面倒なことになったのう。」


それだけ。


それ以上は何も言わない。


ガルドも聞かなかった。


今は語る時ではない。


そう感じたからだった。


その静寂を破るように、部屋の隅から金属音が響く。


カラン――


一人の若い船員が、水の入ったコップを床へ落としていた。


震える手。


青ざめた顔。


船員は自分の左腕を見つめ、怯えた声を漏らす。


「……船長。」


「腕が……。」


その一言に、部屋中の視線が集まった。


まだ誰も知らない。


本当の悪夢は――






















今、この瞬間から始まろうとしていることを。

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