ルクア
港の一角に設けられた休憩所。
海賊たちは水と食料を与えられ、ようやく人心地ついていた。
それでも、その顔から生気は失われたままだった。
ガルドは船長バルガの向かいへ腰を下ろす。
ベスたちも静かに見守っていた。
しばらく沈黙が続いたあと、バルガがゆっくりと口を開く。
「俺たちは……第四の大陸を根城にしていた。」
その一言に、灰鷹の空気が変わる。
「第四の大陸……。」
アイラが小さく呟く。
地図にも記されている、最南端の大陸。
だが近年、その海域へ近付く者はほとんどいなかった。
「最初は、何も変わらなかった。」
「暑い土地だ。」
「暑苦しい猿どもが暴れて、空じゃ化け物が飛び回る。」
「いつも通りの大陸だった。」
バルガは乾いた笑みを浮かべる。
「だが、ある日からだ。」
「人が……壊れ始めた。」
誰も口を挟まない。
「昨日まで笑って酒を飲んでた奴が。」
「朝になると、家族へ牙を向ける。」
「腕が変わる。」
「皮膚が裂ける。」
「目だけは人間のままなんだ。」
リシアは思わず息を呑んだ。
「治療は……。」
「何も効かなかった。」
バルガは首を横へ振る。
「薬も。」
「祈りも。」
「何も。」
港に重い沈黙が落ちる。
ベスは静かに拳を握った。
「原因は?」
「分からねぇ。」
「ただ……。」
バルガの表情が曇る。
「あの日から、大地がおかしくなった。」
「空気まで変わった。」
「頭の中へ、知らねぇ景色が流れ込む。」
「知らねぇ言葉が聞こえる。」
「見たくもねぇものを見せられる。」
猫がガルドの頭の上で、ぴくりと耳を動かした。
だが何も言わない。
バルガは続ける。
「俺たちは逃げた。」
「助けられる奴は全員船へ乗せた。」
「だが海へ出ても、追ってきた。」
レオンが眉をひそめる。
「追ってきた?」
「飛ぶ化け物だ。」
「人だったものもいた。」
「もう、人じゃなかった。」
誰も言葉を失う。
「仲間は、一人……また一人と減った。」
「海へ落ちた奴もいる。」
「自分から飛び込んだ奴もいる。」
「それでも、この船だけは守った。」
バルガは窓の外に停泊する黒い船――グリムファングを見つめる。
「あいつだけは、絶対に沈めたくなかった。」
「だから……。」
ゆっくりと腰から古びた鍵を取り出す。
黒く錆びながらも、大切に磨かれていた鍵。
バルガはベスの前へ差し出した。
「受け取れ。」
「この船は、お前たちの方が似合う。」
ベスは戸惑う。
「いいのか。」
「ああ。」
「俺たちは……もう海へは戻れねぇ。」
「だが、お前たちは違う。」
「その目は、まだ諦めていない。」
ベスは静かに鍵を受け取った。
その重みは、一隻の船だけではなかった。
託された希望。
そして、救えなかった命の重さでもあった。
港の外では、夕日が静かにグリムファングを照らしていた。
その黒い船体は、まるで新たな主を待っていたかのように、静かに波へ揺られていた。




