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バル  作者: 隣の猫
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カルネア



地下神殿を満たす灰色の瘴気。


その中心で、ガルドは静かに剣を構えた。


右目には、わずかな理性。


左目には、虚無の灰色。


二つの意思が激しくぶつかり合いながらも、その切っ先だけは真っ直ぐベスを捉えていた。


「……来い。」


ベスは答えない。


ゆっくりと息を吐く。


腰を深く落とす。


左腕のフェンリルを前へ。


右手の剣を低く構える。


獲物へ飛びかかる、一匹の獣。


灰鷹へ入団した日から変わらない構え。


その姿を見たガルドの右目が、わずかに細くなる。


「……そうか。」


次の瞬間。


二人は同時に地を蹴った。


剣と剣が激しくぶつかり合う。


火花が散る。


一撃。


二撃。


三撃。


互いに一歩も引かない。


ベスはもう、剣だけを見てはいなかった。


肩。


腰。


足運び。


呼吸。


重心。


ガルドが教えたこと。


リシアが教えてくれたこと。


旅で出会った仲間たちから学んだこと。


そのすべてが、一つの剣になっていた。


ガルドの右目が揺れる。


「……ようやく。」


剣を交えながら、小さく呟く。


「前だけじゃなく。」


「周りが見えるようになったか。」


ベスは答えない。


一歩、深く踏み込む。


それだけで十分だった。


ガルドは、静かに頷いた。


「……それでいい。」


その瞬間。


灰色の左目が強く輝く。


虚無が最後の抵抗を始めた。


「ガァァァァァッ!」


咆哮とともに、ガルドは全身全霊の一撃を振り下ろす。


ベスは真正面から踏み込んだ。


恐れはない。


迷いもない。


ガルドの肩が落ちる。


重心が前へ流れる。


その一瞬。


フェンリルが唸った。


「うおおおおっ!」


狙うのは、ただ一つ。


ガルドの剣。


――キィィィィン!!


澄み切った音が地下神殿に響き渡る。


長年、ガルドと共に歩み続けた剣が、真っ二つに折れた。


折れた刃が石畳へ落ちる。


静寂。


灰色の左目が揺らぐ。


ガルドの身体から力が抜けていく。


膝が崩れ落ちた。


しかし灰色の瘴気はなおも絡みつき、その身体を離そうとはしない。


その時。


















「……ニャ。」



















灰猫が、ゆっくりと歩いてきた。


急ぐこともなく。


気負うこともなく。


当たり前のようにガルドの前へ座る。


ガルドは猫を見つめた。


「……お前だったのか。」


猫は小さく尻尾を揺らす。


返事はしない。


そのまま灰色に染まった左腕へ額をそっと寄せた。


ふわり、と空気が揺れる。


灰色の瘴気が音もなくほどけ始めた。


まるで長い夜が終わるように。


ガルドの苦しげだった表情から力が抜ける。


右目に宿る光が、ゆっくりと戻ってきた。


ガルドは震える手を伸ばし、猫の頭を優しく撫でる。


「……ありがとう。」


猫は満足そうに目を細めると、何事もなかったようにベスの隣へ戻ってきた。


ベスはガルドの前へ歩み寄る。


何も言わず、膝をつく。


ガルドも何も言わない。


ゆっくりと右手を持ち上げる。


震えるその手を、ベスの頭へそっと置いた。


昔と同じように。


大きく。


温かい手だった。


「……よくやった。」


その一言だけだった。


ベスは唇を噛み締める。


堪えていた涙が、静かに頬を伝った。


ガルドは穏やかに笑う。


「あの日、お前を見た時……。」


「獣みたいな目をした子どもだと思った。」


少し息をつき、続ける。


「だが今は違う。」


「獣の強さを失わず。」


「人の心を手に入れた。」


「……立派になったな。」


ベスは何度も頷くことしかできなかった。


地下神殿を吹き抜ける風が、残っていた灰色の瘴気を静かにさらっていく。


そこにはもう、敵も亡霊もいない。


残っていたのは。


師から弟子へ。





















静かに受け継がれた、一つの生き方だけだった。

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