表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バル  作者: 隣の猫
PR
134/429

ネヴィル



冷たい風が吹き抜けた。


地下神殿最深部。


灰猫は突然立ち止まり、小さく尻尾を揺らした。


「……ニャ。」


その声は、いつもの気ままな鳴き方ではない。


まるで何かを警戒するように、細く低かった。


ベスは思わず猫を見る。


「どうした?」


猫は答えない。


そのまま闇の奥だけを見つめていた。




「誰かいる。」


アイラが小さく弓を構える。


レオンも大剣を握り直した。


誰も息をしない。


静寂だけが地下神殿を包む。


コツ……


コツ……


石畳へ足音が響いた。


暗闇の中から、一人の男がゆっくり姿を現す。


「……団長。」


ベスの声が漏れた。


ガルドだった。


しかし、その姿に全員が息を呑む。


右半身は、見慣れたガルド。


だが左半身だけが灰色に染まり、皮膚は石のようにひび割れている。


左側の顔には、見覚えのない若々しさが残っていた。


まるで時が半分だけ巻き戻されたような、不気味な姿。


それでも右目だけは、ベスの知るガルドだった。


「……来たか。」


低い声が響く。


「団長!」


ベスが駆け寄ろうとした瞬間。


「止まれ。」


ガルドの一言で足が止まる。


「一歩も近付くな。」


その声には、これまで聞いたことのない切迫した響きがあった。




レオンが眉をひそめる。


「誰がそんな身体に……。」


ガルドは答えない。


代わりに、ゆっくりと視線だけを闇へ向けた。


その先から、もう一つの足音が聞こえてくる。


白い仮面。


黒い外套。


ベスは剣へ手を掛けた。


「あいつ……!」


ガルドだけが、その名を呟く。


「……クロム。」


クロムは立ち止まる。


仮面の奥から感情は感じられない。


ただ静かにガルドを見つめていた。


「命令を遂行する。」


短く、それだけ告げる。


その声には怒りも悲しみもなかった。




地下神殿が微かに震えた。


空気が重くなる。


リシアが胸を押さえる。


「息が……。」


祭壇の奥。


黒い霧がゆっくりと渦を巻き始めた。


その中心には、輪郭すら定まらない巨大な影。


誰も顔を見られない。


見ようとするだけで、頭の奥が軋む。


影は静かに右手を上げた。


クロムが一歩前へ出る。


迷いはない。


ガルドの前まで歩み寄ると、その胸へ静かに手を添えた。


「始める。」


その一言だけだった。


次の瞬間。


祭壇から黒い霧が噴き上がる。


ガルドの左半身へ絡みつき、一気に流れ込んだ。


「ぐっ……!」


ガルドが膝をつく。


灰色だった左半身がさらに濃く染まり、石のようなひび割れが肩から胸へ広がっていく。


「団長!」


ベスは叫ぶ。


しかし足は動かなかった。


猫がベスの前へ立ちはだかっていた。


「……ニャ。」


まるで、


『今は行くな。』


そう言っているようだった。




ガルドは苦しみながら、それでも立ち上がる。


右手で剣を握る。


震える左手で、その剣を押さえ込む。


「まだ……だ。」


黒い霧はなおも流れ込む。


左目がゆっくりと開く。


そこにあったのは、人の瞳ではなかった。


底知れぬ灰色。


感情のない亡霊の瞳。


だが右目だけは違う。


必死にベスを見つめている。


「逃げろ……。」


掠れた声。


「俺を……見るな。」


ベスは首を振る。


「嫌です。」


「約束しました。」


「絶対に迎えに行くって。」


ガルドの右目が大きく揺れた。


その瞬間だった。


黒い影が初めて口を開く。


「器は完成した。」


その声は静かだった。


だが地下神殿全体を震わせるほどの重みがあった。


クロムは一歩下がる。


役目は終わった。


それ以上、何もしない。


ガルドは両手で頭を押さえた。


「……来るな。」


「来るなァァァッ!!」


轟音。


灰色の瘴気が地下神殿を覆い尽くす。


吹き荒れる衝撃で、ベスたちは思わず腕で顔をかばった。


やがて静けさが戻る。


そこに立っていたのは、


先ほどまでのガルドではなかった。


半身を灰色に侵されながらも、剣を静かに構える一人の騎士。


その姿を見たベスは、ゆっくりと剣を抜く。


「団長。」


震える声で、それでも笑った。


「必ず……連れて帰ります。」


ガルドは答えない。


灰色の左目が静かに光る。





















そして、右目から一筋だけ涙が零れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ