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バル  作者: 隣の猫
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エリオス



「クロム!」


砕けた岩壁を越え、ガルドは祭壇へ駆け寄った。


クロムは膝をつき、荒い息を繰り返している。


左腕を覆う黒い紋様は胸元まで広がり、全身を激しく震わせていた。


「来るな……。」


掠れた声。


「俺を……近付けるな……。」


ガルドは迷わず肩を支える。


「帰るぞ。」


「皆で帰る。」


その言葉を聞いたクロムは、悲しそうに笑った。


「……もう、無理だ。」




その瞬間。


黒い影がクロムの左腕から噴き出した。


床を這い、石柱を駆け上がり、地下神殿全体を覆い始める。


「隊長!」


残った仲間たちが駆け寄る。


「下がれ!」


ガルドが叫ぶ。


しかし影は意思とは関係なく暴走していた。


クロムは頭を抱え、苦しそうに叫ぶ。


「やめろ!」


「頼む……!」


「もう……やめてくれ!」


その願いとは裏腹に、影は止まらない。


仲間たちは互いを庇いながら応戦する。


一人が退路を切り開き、


一人が仲間を守り、


最後まで剣を離さなかった。


だが、その覚悟も虚しく、仲間たちは次々と力尽きていった。


静寂が訪れた時。


立っていたのは、ガルドとクロムだけだった。




クロムは震えながら周囲を見渡す。


「俺が……。」


「俺がやったのか……。」


涙が止まらない。


ガルドも答えられなかった。


目の前の現実を受け入れられない。


その時。


クロムが静かにガルドを見た。


その瞳には、まだ仲間だった頃の光が残っていた。


「ガルド。」


「頼みがある。」


ガルドは黙って頷く。


「俺を……ここで終わらせてくれ。」




「できない。」


即答だった。


「俺は、お前を斬れない。」


クロムは静かに首を振る。


「なら。」


「俺がお前を殺す。」


次の瞬間。


黒い紋様が全身へ広がる。


理性を失った影が一斉にガルドへ襲いかかった。


轟音。


石柱が砕ける。


ガルドは必死に剣を振るう。


肩を裂かれ、


脇腹をえぐられ、


鮮血が石畳へ落ちる。


それでも、一歩も退かなかった。




「目を覚ませ!」


叫びながら剣を交える。


クロムも苦しそうに剣を振るう。


「逃げろ!」


「頼むから!」


その声は、自分自身へ向けた悲鳴でもあった。


影は止まらない。


理性は少しずつ呑み込まれていく。


ガルドは歯を食いしばる。


「……すまん。」


その一言とともに。


全身全霊の一撃を振り抜いた。


白銀の剣が、クロムの胸を深く斬り裂く。


影が弾け飛ぶ。


地下神殿に静寂が戻った。




クロムはゆっくりと膝をつく。


黒い紋様は音もなく消えていく。


穏やかな笑みが浮かんだ。


「ああ……。」


「最後は……。」


「お前で……よかった。」


ガルドは駆け寄り、その身体を抱き止める。


「クロム!」


クロムはゆっくり目を閉じる。


「……ありがとう。」


その一言を最後に、力が抜けた。


もう動かない。


ガルドは静かにうつむく。


仲間も。


クロムも。


何一つ守れなかった。


その事実だけが胸を締め付ける。




祭壇の中央。


黒い人影は、最後まで一歩も動かなかった。


ただ静かに、その光景を見つめている。


やがてガルドは仲間たちの亡骸を背負い、重い足取りで地下神殿を後にした。


その背中が闇へ消えていく。


静寂が戻る。


どれほど時間が流れたのか。


祭壇の前に横たわるクロムの指先が――


ぴくり、と動いた。


黒い影が静かにその身体を包み込んでいく。


黒い人影は小さく呟いた。


「資格なき者。」


「それでも、お前は耐えた。」


「ならば、お前には別の役目を与えよう。」


地下神殿に再び闇が満ちる。


そしてその日。


騎士クロムは死んだ。























だが後に、人々が「虚無の使徒」と呼ぶ存在が、この世界に生まれ落ちた。

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