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バル  作者: 隣の猫
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ノルティア



地下神殿。


黒い人影は静かに立っていた。


剣も持たない。


構えもしない。


それでも、誰一人として動くことができなかった。


その存在だけで空気が重くなる。


若き日のガルドは剣を握り締める。


「……何者だ。」


黒い人影は答えない。


代わりにゆっくりと右手を上げた。


その瞬間。


床を這っていた黒い影が、一斉に動き出す。


「来る!」


ガルドの声と同時に全員が散開した。


黒い影は槍のように地面から突き上がる。


赤髪の騎士が紙一重で避ける。


槍使いが仲間を引き寄せる。


女性剣士も素早く後退した。


「斬れ!」


ガルドが叫ぶ。


五人の剣が同時に振るわれる。


しかし。


刃は黒い影を通り抜けた。


まるで霧を斬ったようだった。


「効かない……!」


赤髪の騎士が顔を歪める。




クロムは周囲を見渡す。


「本体じゃない。」


「何かを守っている。」


ガルドも黒い人影を見る。


確かに動いていない。


攻撃しているのは、周囲の影だけだった。


「突破する。」


「俺が前へ出る。」


クロムが頷く。


「援護する。」


二人は同時に駆け出した。


長年組み続けた二人の動きは、一切の無駄がない。


ガルドが影を払い、


クロムが死角を埋める。


互いの背中を疑わない戦い方だった。




その時。


黒い人影が初めて口を開く。


「面白い。」


「人でありながら、ここまで届くか。」


低い声が地下へ響く。


ガルドは剣先を向ける。


「黙れ!」


一気に踏み込む。


あと一歩。


届く。


その瞬間だった。


黒い人影の瞳だけが、ゆっくりと開く。


深い闇。


底の見えない漆黒。


ガルドの身体が止まる。


一瞬だけ。


本能が叫んでいた。


近付くな。




その隙を狙うように、黒い影がクロムへ襲いかかる。


「クロム!」


ガルドが叫ぶ。


クロムは剣で受け止める。


しかし影は剣をすり抜け、その左腕へ絡みついた。


「くっ……!」


腕が黒く染まり始める。


女性剣士が悲鳴を上げた。


「クロム!」


赤髪の騎士が飛び込む。


ガルドも迷わず剣を振るう。


影は切れない。


だが仲間たちが力ずくでクロムを引き寄せる。


影は静かに離れた。


腕には黒い痣だけが残っている。




「大丈夫か!」


ガルドが肩を支える。


クロムは荒い息を吐きながら頷いた。


「……平気だ。」


そう答えた。


だが、その瞳の奥に一瞬だけ黒い光が宿ったことに、誰も気付かなかった。


黒い人影は静かに呟く。


「触れたか。」


「ならば、いずれ分かる。」


「お前は選ぶことになる。」


「失うか。」


「受け入れるか。」


その意味を理解できる者は、まだ誰もいなかった。


ただ一人。


クロムだけが、左腕に残る冷たい痛みを見つめていた。
























それが運命の始まりだとも知らずに。

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