ラディアス
石段を一歩、また一歩と降りていく。
松明の灯だけが、狭い通路を照らしていた。
地下へ進むほど空気は冷たくなり、肌にまとわりつくような重苦しさが増していく。
誰も言葉を発しなかった。
やがて石段は終わる。
目の前には、巨大な地下空間が広がっていた。
天井は見えないほど高く、円形の広間を古い石柱が囲んでいる。
床には見たこともない紋様が刻まれ、その隙間には黒い砂のようなものが静かに積もっていた。
赤髪の騎士が辺りを見回す。
「遺跡……なのか。」
女性剣士は首を横に振る。
「こんな場所、資料にもありませんでした。」
クロムは壁へ手を添えた。
「少なくとも何百年……いや、それ以上前のものだ。」
ガルドは静かに頷く。
「調査を優先する。」
「不用意に触れるな。」
一行は慎重に広間を進む。
不思議なほど静かだった。
風もない。
虫の音もない。
自分たちの足音だけが反響している。
その時。
ドクン……。
低い音が響く。
全員が足を止めた。
「今のは?」
槍使いが辺りを見回す。
誰にも分からない。
再び歩き出す。
ドクン……。
また鳴った。
今度は少し近い。
広間の中央。
黒い霧のようなものが、ゆっくりと揺れていた。
煙にも見える。
水にも見える。
だが、どちらでもない。
形を持たない”何か”。
赤髪の騎士が剣を構える。
「魔物か!」
ガルドは腕を上げた。
「待て。」
誰も動くな。」
その瞬間。
黒い霧がわずかに揺れる。
まるでこちらを見たようだった。
「…………。」
沈黙。
誰も息をしない。
すると。
霧の奥から、小さな声が聞こえた。
「……ひと。」
女性剣士が目を見開く。
「喋った……?」
クロムも信じられないという表情を浮かべる。
「そんなはずが……。」
霧はゆっくりと形を変えていく。
人の腕。
人の足。
そして、人影。
しかし顔だけがない。
そこには闇しか存在していなかった。
赤髪の騎士が叫ぶ。
「隊長!」
ガルドは剣を抜く。
「全員、後退!」
誰一人逆らわない。
ゆっくり距離を取る。
その時だった。
黒い人影が首を傾ける。
「……また。」
「人が来た。」
その一言だけで、空気が凍り付いた。
“また”。
その言葉は、この場所へ自分たち以前にも誰かが訪れていたことを意味していた。
クロムは小さく息を呑む。
「ガルド……。」
「ああ。」
ガルドも剣を握る手に力を込める。
目の前にいる存在は魔物ではない。
人でもない。
今まで誰も出会ったことのない”何か”だった。
黒い人影は、一歩前へ踏み出す。
その足音はしない。
ただ、広間全体がゆっくりと震えた。
「久しい。」
「人というものを見るのは。」
ガルドたちは言葉を失う。
目の前の存在は敵意を見せていない。
だが、その静けさこそが、何より恐ろしかった。
若き日のガルドは剣を構えたまま、一歩も動けない。
それは生まれて初めて味わう、本能が告げる恐怖だった。
そして、この邂逅こそが――
ガルドとクロム、二人の運命を大きく分かつ最初の一歩となるのだった。




