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バル  作者: 隣の猫
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セイリオス



朝靄が紅葉の森を包んでいた。


灰鷹は旧騎士団修練場へ向けて歩き続ける。


誰も無駄口を叩かない。


聞こえるのは、落ち葉を踏みしめる音だけだった。



ベスは先頭を歩いていた。


拳は強く握られたまま。


黒い霧へ消えていったガルドの姿が、何度も脳裏をよぎる。


(団長……。)


必ず助ける。


その想いだけが、ベスを前へ進ませていた。




レオンが静かに口を開く。


「なあ。」


「団長って、昔からあんな人だったのかな。」


誰もすぐには答えられない。


アイラが前を向いたまま呟く。


「違うと思う。」


「昔は……もっと孤独だったんじゃないかな。」


リシアも小さく頷く。


「人は、大切なものを失った数だけ優しくなれることがあります。」


「団長も、きっと……。」


ベスは何も言わなかった。


ガルドが決して語ろうとしなかった過去。


その重さだけが胸に残る。




しばらく歩くと、崩れかけた石橋が現れた。


欄干には深い斬撃の跡。


何十年も前についた傷が、今も生々しく残っている。


老騎士は静かに橋へ手を添えた。


「ここは二十年前、最後の防衛線だった。」


「ガルドたちは、この橋を越えて任務へ向かった。」


誰も軽々しく橋を渡れなかった。


その場には、今も消えない何かが残っているようだった。




橋を渡ると、小さな慰霊碑があった。


石には多くの名前が刻まれている。


風雨に削られても、その文字だけは消えていない。


ベスは静かに目を閉じる。


「……。」


ガルドは、この名前を一人ひとり覚えているのだろうか。


そう思うだけで胸が締めつけられた。


老騎士は帽子を取り、深く頭を下げる。


「ここで眠る者たちは、皆あいつの仲間だった。」


風が吹き、紅葉が石碑を覆うように舞い落ちる。




その時だった。


カサッ。


落ち葉が揺れた。


全員が武器へ手を掛ける。


だが現れたのは、一匹の猫だった。


全身を灰色の毛並みに包み、陽の光を受けると毛先が銀色に輝く。


琥珀色の瞳が、静かにベスを見つめていた。


「……猫?」


レオンが警戒を解く。


だが老騎士だけは目を見開いていた。


「まさか……。」


猫は何も鳴かない。


ゆっくりと踵を返すと、森の奥へ歩き始めた。


数歩進んでは立ち止まり、こちらを振り返る。


まるで「ついて来い」と導くように。


リシアは小さく呟く。


「待ってる……。」


「誰かが。」


ベスは猫を見つめる。


不思議と恐れはなかった。


むしろ胸の奥で、何かが「行け」と囁いている気がした。


「行こう。」


ベスは静かに歩き出す。


灰猫は音もなく森を進んでいく。


仲間たちも、その後を追った。




木々は次第に深くなり、陽の光は届かなくなる。


やがて灰猫が足を止めた。


その先には、苔むした石段が続いている。


石段の上には、崩れかけた巨大な門。


門に刻まれた紋章を見た老騎士の顔から血の気が引いた。


「ここは……。」


「旧騎士団修練場の裏門。」


灰猫はベスを一度だけ見つめると、小さく目を細めた。


そして音もなく、木々の奥へ姿を消していく。


「消えた……。」


レオンが辺りを見回す。


姿はもうどこにもなかった。


ベスは静かに門を見上げる。


「団長。」


「待っていてください。」


そう呟くと、一歩、石段へ足を踏み出した。


その先に待つのは、ガルドが二十年間封じ続けてきた過去。























そして、灰色の亡霊が眠る場所だった。

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