ヴァルネス
夕陽が修練場を赤く染める。
ガルドは静かに石畳へ立っていた。
目の前にはクロム。
二人の間を秋風が吹き抜ける。
「……見せるつもりか。」
ガルドが低く呟く。
クロムはゆっくり頷いた。
「避け続けても過去は消えん。」
「お前自身が、一番分かっているはずだ。」
その瞬間。
黒い霧が修練場を包み込んだ。
視界が白く霞む。
やがて霧が晴れると、そこは二十年前の修練場だった。
石畳は新しく、旗は風にはためいている。
若い騎士たちの笑い声が響いていた。
その中を、一人の青年が歩く。
黒髪。
鋭い眼差し。
今より細い身体。
だが、その纏う空気は誰よりも重い。
若き日のガルドだった。
「おい、ガルド!」
一人の騎士が声を掛ける。
「今日くらい訓練を休めよ!」
若きガルドは立ち止まりもしない。
「必要ない。」
短く答える。
「俺は強くなる。」
「それだけだ。」
騎士たちは苦笑する。
「あいつ、また一人だ。」
「誰とも飯も食わない。」
「笑ったところも見たことがない。」
そんな声が背中へ飛ぶ。
それでもガルドは振り返らなかった。
修練場の中央。
木剣を構える。
相手は三人。
教官が合図を出す。
「始め!」
次の瞬間。
ガルドが消えた。
一人目。
一撃。
二人目。
一撃。
三人目。
一撃。
全員が一瞬で地面へ倒れる。
修練場は静まり返った。
教官だけが静かに呟く。
「……またか。」
誰も近付かない。
誰も話しかけない。
勝っても歓声はない。
あるのは畏怖だけ。
一人の若い騎士が震えながら言う。
「まるで……。」
隣の騎士が続きを口にした。
「灰色の亡霊だ。」
その日から、その名が広まった。
現在。
修練場の端で、その光景を見つめるガルドは静かに目を閉じた。
「あの頃の俺は。」
「剣しか信じていなかった。」
クロムは答える。
「違う。」
「何も信じられなかったんだ。」
ガルドは否定しない。
その言葉が、誰よりも胸へ刺さっていた。
若き日のガルドは、一人で修練場を後にする。
夕日に伸びる影も、たった一つ。
その背中には孤独しかなかった。
クロムが静かに呟く。
「この翌日だった。」
「あの日が始まったのは。」
ガルドの表情が僅かに曇る。
「あの日」という言葉だけで、胸の奥の傷が疼く。
二十年間、一度も癒えることのなかった傷。
風が吹く。
紅葉が舞う。
若き日のガルドの姿は、ゆっくりと霧へ溶けていった。
そして修練場には再び静寂だけが残る。
ガルドは拳を強く握り締める。
「……もう十分だ。」
しかしクロムは首を横に振る。
「いや。」
「ここからがお前の本当の過去だ。」
再び黒い霧が立ち上る。
ガルドは静かに目を閉じた。
二十年間、決して振り返ろうとしなかった”あの日”が、ついに幕を開けようとしていた。




