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バル  作者: 隣の猫
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ネルシア



冷たい石畳を歩く足音だけが響く。


カツ……。


カツ……。


黒い鎖に繋がれたガルドは、虚無の使徒たちに囲まれながら長い回廊を進んでいた。


先頭を歩くのはクロム。


誰も口を開かない。


重苦しい沈黙だけが続く。




やがて巨大な石扉の前で足が止まる。


ゴゴゴゴ……。


ゆっくりと扉が開いた。


差し込む夕日。


赤く染まる石畳。


その光景を見た瞬間、ガルドの足が止まる。


「……。」


珍しく言葉を失った。


クロムは振り返る。


「覚えているか。」


ガルドは静かに目を閉じる。


「忘れられるものか。」


そこは――


旧騎士団修練場。


二十年以上前。


ガルドが最後に剣を振るった場所だった。




崩れた観客席。


折れた旗。


ひび割れた石畳。


時は流れても、この場所だけは止まったままだった。


ガルドの脳裏に、一瞬だけ過去がよぎる。


若き日の自分。


血に濡れた剣。


誰かの叫び。


伸ばされた手。


そして――。


「……っ。」


ガルドは拳を強く握り締めた。


鎖が軋む。


クロムはその横顔を見つめる。


「まだ夢に見るか。」


返事はない。


「毎晩、あの日を思い出しているのだろう。」


沈黙だけが返る。




「俺は忘れようとはしなかった。」


ようやくガルドが口を開く。


「忘れる資格などない。」


その声は静かだった。


だが、自分自身を責め続けてきた重みが滲んでいた。


クロムは目を細める。


「だから灰鷹を作ったのか。」


「……。」


「同じ過ちを繰り返さぬために。」


ガルドは否定しなかった。




「ベスは昔のお前によく似ている。」


クロムが呟く。


「憎しみだけで生きていた。」


ガルドは小さく笑う。


「だから放っておけなかった。」


「あいつには俺と同じ道を歩ませたくなかった。」


その一言に、クロムは静かに息を吐く。


「変わったな。」


「ああ。」


「仲間が変えてくれた。」


ガルドは迷いなく答えた。


「灰鷹は俺の誇りだ。」


「守る価値がある。」




クロムはゆっくりと歩き出す。


「だが、その仲間たちはここへ来る。」


ガルドの表情が険しくなる。


「来させるな。」


「無理だ。」


クロムは振り返らない。


「あの少年は、お前によく似ている。」


「止めても来る。」


ガルドは苦く笑った。


「……違いない。」


ベスの頑固な顔が浮かぶ。


思わず口元が緩む。


しかし、その笑みはすぐ消えた。


「だからこそ。」


「来てほしくない。」


「ここだけは。」


その声には、これまで誰にも見せたことのない弱さが滲んでいた。




クロムは修練場の中央で足を止める。


静かに振り返る。


「間もなく始まる。」


「二十年前に止まった時間が、再び動き出す。」


風が吹く。


赤い落ち葉が修練場を舞う。


ガルドは静かに目を閉じた。


(頼む、ベス。)


(ここへだけは来るな。)


そう願いながらも、心のどこかでは分かっていた。


あの弟子は必ず来る。


それが、ガルドが誰よりも信じている弟子だから。





















夕日に染まる修練場で、止まっていた運命の歯車が、ゆっくりと再び動き始めた。

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