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バル  作者: 隣の猫
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120/410

ケウス



老騎士に導かれた灰鷹は、街外れに残る古い騎士団の詰所を訪れていた。


壁には無数の剣傷。


朽ちた机。


誰もいなくなって久しい建物には、重たい静寂だけが残っている。


老騎士はゆっくりと埃を払う。


古びた椅子へ腰を下ろすと、小さく息を吐いた。


「……ここは、あいつが最後まで戻ろうとしなかった場所だ。」


ベスは辺りを見渡す。


「団長が?」


「ああ。」


「二十年前まではな。」




しばらく沈黙が続く。


やがて老騎士は静かに語り始めた。


「今のお前たちは、ガルドを厳しいが仲間思いの男だと思っているだろう。」


誰も否定しない。


「だが、昔は違った。」


その一言で空気が変わる。


「当時のあいつは”灰色の剣士”と呼ばれていた。」


「いや……。」


老騎士は首を横に振る。


「違うな。」


「本当は皆、こう呼んでいた。」


『灰色の亡霊』




レオンが眉をひそめる。


「亡霊……?」


老騎士はゆっくり頷く。


「あいつが戦場へ現れる頃には、戦いは終わっていた。」


「敵だけじゃない。」


「味方まで、あいつを恐れていた。」


「誰とも群れない。」


「誰の命令も聞かない。」


「ただ黙って剣を振るう。」


「勝っても笑わない。」


「負けても悔しがらない。」


「まるで、生きている人間じゃなかった。」


ベスは静かに拳を握る。


その姿が、かつて復讐だけを抱えていた自分と重なった。




「私は一度だけ聞いたことがある。」


老騎士は遠くを見る。


『何のために剣を振るう。』


ガルドは振り返りもせず答えた。


『復讐だ。』


その言葉に、リシアは目を伏せた。


ベスは息を呑む。


あまりにも、自分と同じだった。




「ある夜のことだ。」


老騎士の声が低くなる。


「騎士団は大規模な討伐へ向かった。」


「だが帰って来たのは……。」


そこで言葉が止まる。


建物の中が静まり返る。


「ガルド、一人だけだった。」


誰も口を開かない。


「全身血だらけだった。」


「返り血なのか。」


「自分の血なのか。」


「誰にも分からなかった。」


「何を聞いても答えなかった。」


「ただ剣を納めると、この詰所を去った。」


老騎士は拳を強く握り締める。


「あの日からだ。」


「誰も、あいつへ過去を聞かなくなった。」




ベスは壁に残る剣傷へ手を伸ばす。


傷は深い。


何度も、何度も斬りつけられた跡だった。


(団長……。)


(何があった。)


その時だった。


ガタンッ!!


扉が勢いよく開く。


一人の青年騎士が息を切らして飛び込んでくる。


「大変です!」


「旧騎士団修練場で黒い霧が確認されました!」


「仮面の集団もいます!」


老騎士の表情が凍りつく。


「まさか……。」


「奴らは、あそこを選んだのか。」


ベスが振り返る。


「あそこに何があるんです?」


老騎士はゆっくり目を閉じた。


そして、震える声で答える。


「……ガルドが、一番帰りたくなかった場所だ。」


風が吹く。


開いた扉から紅葉が一枚、静かに舞い込む。


その赤い葉は、まるで乾ききらない血のように床へ落ちた。





















誰一人、その葉を踏もうとはしなかった。

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