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バル  作者: 隣の猫
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アルナイル



森の異変を知った灰鷹は、そのまま奥地へと足を進めていた。


紅葉に包まれた森は静まり返っている。


鳥のさえずりは聞こえない。


落ち葉を踏む音だけが響いていた。


「静かすぎる。」


ガルドが低く呟く。


全員が武器へ手を掛けた。




しばらく進むと、視界が開ける。


そこには一本の巨大な古木がそびえ立っていた。


その根元で、一頭の巨大な魔鹿が苦しそうに膝をついている。


黄金色だった角は、黒い霧に侵され、ゆっくりと闇へ染まっていた。


「苦しんでる……。」


リシアが一歩踏み出す。


「待て。」


ガルドが腕を伸ばし、その動きを止めた。


その瞬間――


パン……パン……。


乾いた拍手が森へ響く。


「さすが灰鷹。」


「不用意には近づかないか。」


木陰から、一人の男が姿を現した。


黒い外套。


白い仮面。


その全身から、黒い霧が静かに溢れている。


ベスは剣を抜く。


「お前は誰だ。」


男は静かに答える。


「我らは――虚無の使徒。」


その名が森へ響いた。




「その魔鹿に何をした。」


ベスが問い掛ける。


男は肩をすくめる。


「少し力を与えただけだ。」


「心の奥に眠る闇を呼び覚ました。」


「魔物とは実に素直な生き物だ。」


レオンの怒号が響く。


「ふざけるな!」


大剣を振り上げ、一気に距離を詰める。


しかし。


男は一歩も動かない。


レオンの斬撃は黒い霧に触れた瞬間、大きく逸らされた。


「なっ!?」


次の瞬間。


黒い刃が一閃する。


ドォン!!


レオンは数メートル吹き飛ばされ、地面を転がった。


「ぐっ……!」




「レオン!」


ベスとガルドが同時に飛び出す。


ベスは低く踏み込み、一気に懐へ潜る。


「はあぁっ!」


鋭い一閃。


しかし。


キィン。


黒い刃が軽く受け止める。


「浅い。」


男は表情一つ変えない。


受け流された勢いで、ベスの体勢がわずかに崩れる。


その一瞬。


黒い刃が首筋へ迫った。


速い。


見えている。


だが――


身体が追いつかない。


避けられない。


「ベス!」


ドンッ!!


ガルドの蹴りがベスの脇腹へ入る。


「ぐっ!」


ベスは横へ吹き飛ばされた。


直後。


ズバァッ!!


黒い刃が空を裂き、背後の巨木が真っ二つになる。


あと一瞬遅ければ、自分が斬られていた。


ベスは悔しそうに拳を握る。


(見えていたのに……。)


(まだ届かない。)




ガルドは静かに前へ出る。


「下がっていろ。」


低い声だった。


ベスは歯を食いしばりながら頷く。


ガルドは剣を構える。


男も黒い刃を構えた。


ギィィン!!


剣と黒刃が激しくぶつかり合う。


一撃。


二撃。


三撃。


互いに一歩も引かない。


あまりの速さに、ベスは目で追うのがやっとだった。


(これが……。)


(団長の本当の強さ。)


その背中は、まだ遥か遠くにあった。




やがて男は静かに距離を取る。


「今日は挨拶だけにしておこう。」


黒い霧がゆっくりと揺れる。


男はガルドをじっと見つめた。


「……随分と歳を取ったな。」


その一言に、ガルドの表情がわずかに変わる。


男はゆっくりと仮面へ手を掛けた。


カチャ――。


仮面を少しだけ横へずらす。


覗いたのは、一人の男の素顔。


右頬には古い傷跡。


鋭い眼差し。


その姿を見た瞬間、ガルドの瞳が揺れた。


「……生きていたのか。」


男は静かに笑う。


「ああ。」


「お前もな。」


ベスたちは息を呑む。


「知り合い……?」


アイラも驚きを隠せない。


「団長が、あんな顔を……。」


男は再び仮面を戻した。


「積もる話はある。」


「だが、今日はまだその時ではない。」


踵を返し、黒い霧の中へ歩き出す。


そして肩越しに告げる。


「近いうちに迎えに行く。」


「その時は、昔話の続きをしよう。」


黒い霧が紅葉の森を覆う。


次の瞬間、男の姿は跡形もなく消えていた。


静寂が戻る。


ベスはガルドを見る。


「団長……あいつは。」


ガルドはしばらく霧が消えた場所を見つめていた。


そして静かに剣を納める。


「……宿へ戻るぞ。」


その声はいつもと変わらなかった。























だが、その背中だけが、どこか遠い昔を見つめているようだった。

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