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バル  作者: 隣の猫
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114/417

タルフ



翌朝。


鐘の音が街へ響き渡る。


宿の窓を開けると、冷たく澄んだ秋風が頬を撫でた。


赤や黄金に染まった並木道。


石畳には昨夜落ちた紅葉が絨毯のように広がっている。


「綺麗ですね。」


リシアは窓辺で目を細めた。


ベスも外を見つめ、小さく頷く。


「ああ。」


「歩くだけで気持ちが落ち着くな。」




朝食を終えた灰鷹は、昨日老人から聞いた紅葉の森へ向かうことにした。


街を抜けると、景色はさらに色鮮やかになる。


紅葉した木々が空を覆い、風が吹くたび色とりどりの葉が舞い落ちる。


「本当に絵みたいな場所ですね。」


アイラが感嘆の声を漏らす。


レオンは笑いながら頭へ落ちた葉を払った。


「景色はいいけど、魔物なんて本当にいるのか?」


その時だった。


ガサッ。


茂みが揺れる。


全員が足を止めた。




森の奥から姿を現したのは、一頭の灰色の狼だった。


鋭い牙。


しなやかな身体。


しかし、その赤い瞳には苦しみの色が浮かんでいる。


「灰狼か。」


ガルドが静かに剣へ手を添える。


狼は低く唸る。


だが襲ってこない。


苦しそうに何度も首を振っていた。


「様子がおかしい。」


リシアは狼を見つめる。


「何かに耐えているみたい……。」


その瞬間。


狼の身体から黒い霧が滲み出した。


「っ!」


狼は突然咆哮を上げ、ベスへ飛び掛かる。




「来るぞ!」


ベスは一歩踏み込む。


飛び掛かる狼を紙一重でかわし、剣の腹で身体を弾いた。


狼は地面を転がる。


しかしすぐ立ち上がった。


「速い!」


二頭目。


三頭目。


森の奥から次々と灰狼が姿を現す。


レオンが大剣を振るい、一頭を吹き飛ばす。


アイラの矢が二頭目の足元へ突き刺さる。


ガルドは最小限の動きで狼の攻撃を受け流していく。


ベスは周囲を見渡した。


以前の自分なら、一頭しか見えていなかった。


今は違う。


狼の動き。


仲間の位置。


風の流れ。


すべてが自然と目へ入る。


「右だ!」


ベスの声。


アイラは振り返ることなく矢を放つ。


飛び掛かった狼は空中で矢を受け、そのまま地面へ倒れた。


ガルドは小さく頷く。


「よく見えている。」


その一言に、ベスは静かに笑った。




やがて最後の一頭が動きを止めた。


だが倒れた狼は消えない。


苦しそうに息をしている。


リシアが駆け寄り、静かに手を添えた。


「大丈夫……。」


淡い光が狼を包む。


黒い霧はゆっくりと身体から抜けていった。


すると狼の赤かった瞳は、本来の優しい琥珀色へ戻る。


狼は立ち上がり、リシアへ小さく頭を下げた。


「助かったの……?」


リシアは驚きながら微笑む。


狼は一度だけ遠吠えを上げると、仲間たちと共に森の奥へ消えていった。


ベスはその姿を見送りながら呟く。


「倒すしかないと思ってた。」


リシアは優しく笑う。


「助けられる命もあります。」


ベスは静かに頷いた。


「そうだな。」




その頃。


森のさらに奥。


巨大な一本の樹の根元で、一頭の美しい魔鹿が苦しんでいた。


黄金色だった角は、黒く染まり始めている。


その前へ、一人の黒衣の男が立つ。


「もうすぐだ。」


男は不気味に微笑んだ。


「虚無は、この森を飲み込む。」


その言葉とともに、黒い霧が紅葉を蝕み始める。




















赤く美しい森は、静かに闇へ染まり始めていた。

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