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バル  作者: 隣の猫
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111/417

スハイル



白い世界。


どこまでも続く静寂の中、ベスは一人立っていた。


やがて目の前の空間がゆっくりと歪む。


現れたのは、一人の男。


左腕にはフェンリル。


だが、その獣爪は黒い霧をまとい、不吉な輝きを放っていた。


顔には幾つもの傷。


瞳からは希望の光が消えている。


「……誰だ。」


男は静かに答えた。


「お前だ。」


「すべてを守れなかった未来のお前。」




景色が一変する。


灰鷹の砦。


そこは炎と瓦礫に包まれていた。


ベスは息を呑む。


ガルドが倒れている。


レオンの大剣は折れ、アイラの弓は砕けていた。


リシアも静かに横たわり、誰一人動かない。


「……やめろ。」


未来のベスは、その光景を見つめたまま呟く。


「守ると誓った。」


「仲間を信じた。」


「その結果が、これだ。」


「誰一人、守れなかった。」




未来のベスが剣を抜く。


「来い。」


黒いフェンリルが咆哮を上げた。


次の瞬間。


姿が消える。


ガキィィン!!


凄まじい衝撃。


ベスはかろうじて受け止める。


重い。


速い。


一撃一撃が命を奪うためだけに振るわれている。


剣だけではない。


黒い獣爪が地面を砕き、神殿全体を震わせる。


ベスは何度も吹き飛ばされる。


それでも立ち上がる。


未来のベスは容赦なく攻め続けた。


「守る者は迷う!」


「迷いは弱さだ!」


「弱さが仲間を殺す!」


激しい連撃。


獣爪と剣が何度も激突し、火花が白い世界を照らした。




戦いは長く続いた。


互いに傷だらけだった。


未来のベスは荒く息を吐きながら笑う。


「神だけを見ろ。」


「そうすれば誰にも情は移らない。」


「失う苦しみもない。」


ベスは血を拭う。


静かに剣を構え直した。


「違う。」


未来のベスが睨む。


「何が違う。」


ベスは一歩踏み出す。


「失うのは怖い。」


「仲間を失う日が来るかもしれない。」


「守れない日が来るかもしれない。」


「それでも。」


「だから守ることをやめる理由にはならない。」


「俺は、お前にはならない。」


その言葉とともに、渾身の一撃を放つ。


未来のベスの剣が宙を舞った。


静寂。


未来のベスはしばらく動かなかった。


やがて、小さく笑う。


それは悲しみではなく、どこか安堵したような笑みだった。


「……そうか。」


「未来は、まだ変えられるんだな。」




未来のベスの身体が、少しずつ光へ変わっていく。


同時に、黒いフェンリルも粒子となり崩れ始めた。


その瞬間だった。


ゴォン――


黒いフェンリルと、ベスの左腕が共鳴する。


「……っ!」


左腕が熱を帯びた。


ベスは思わず腕を押さえる。


この感覚。


忘れるはずがない。


仲間を守るため、フェンリルが力を使い果たし、深い眠りについて以来。


初めて感じる熱だった。


未来のベスは、その様子を見て静かに頷く。


「その力は、お前のものだ。」


「もう……俺には必要ない。」


黒いフェンリルは光となり、ベスの左腕へ吸い込まれていく。


未来のベスの姿も、静かに消え始めた。


「行け。」


「俺が辿り着けなかった未来へ。」


その言葉を最後に、幻影は完全に消えた。




静寂。


左腕の紋様が淡く輝く。


熱はゆっくりと全身へ広がり、鼓動のように脈打った。


その時。


頭の奥で。


初めて、声が響いた。


『……認める。』


たった一言。


それだけだった。


ベスは目を見開く。


「……フェンリル。」


返事はない。


熱も静かに引いていく。


だが左腕には、新たな一本の銀色の紋様が刻まれていた。


ベスはその紋様を見つめ、小さく笑う。


「……ありがとう。」


沈黙。


それでも、不思議と一人ではない気がした。




白い世界が消える。


ベスは神殿へ戻っていた。


白狐が静かに頭を下げる。


「試練は終わりました。」


その時、隣の扉が開く。


そこには、優しい笑顔を浮かべたリシアが立っていた。


ベスも自然と笑みを返す。


互いに何があったのかは語らない。


それでも、それぞれが大切な答えを見つけたことだけは分かっていた。


神殿の奥で鐘が鳴る。


ゴォォォン……





















その音は、継承者が新たな一歩を踏み出したことを祝福するように、静かに雪山へ響き渡っていた。

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