アンタレス
大地が揺れる。
装甲獣は、一歩踏み出すたびに木々を震わせた。
その巨体は三メートルを超え、全身を覆う黒い甲殻は朝日に鈍く輝いている。
「盾隊、前へ!」
ガルドの号令が飛ぶ。
ボルグたち五人が巨大な盾を構え、一列に並ぶ。
「弓隊、足を狙え!」
エインの矢が風を裂いた。
続いて十数本の矢がグランベアへ降り注ぐ。
だが――。
ガギンッ!
矢は甲殻に弾かれ、一本も刺さらない。
「硬ぇ……!」
ボルグが歯を食いしばる。
その瞬間。
グランベアが雄叫びを上げた。
耳を裂くような咆哮。
空気そのものが震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「来るぞ!」
ガルドが叫ぶ。
グランベアは盾隊へ一直線に突進した。
ドォォン!!
激しい衝撃。
五枚の盾が悲鳴を上げる。
団員たちは踏ん張るが、そのまま数メートル押し込まれる。
「ぐっ……!」
ボルグの膝が地面へ沈む。
このままでは盾が破られる。
「ベス!」
ガルドの声が飛ぶ。
「右だ!」
ベスは迷わず走る。
真正面では勝てない。
ならば側面。
低く。
速く。
獣のように地面を蹴る。
グランベアの死角へ潜り込む。
左腕の《獣爪ガントレット・フェンリル》を振り抜く。
ギィン!
火花が散る。
甲殻は傷一つ付かない。
「硬い……!」
その時だった。
グランベアの瞳がベスを捉える。
巨大な前脚が振り上げられる。
速い。
逃げ切れない。
「ベス!」
リシアの叫びが響く。
だが、その瞬間。
一本の剣が割って入った。
ガァァン!!
ガルドだった。
片手で巨腕を受け止める。
足元の地面が砕ける。
腕から血が流れる。
それでも、一歩も退かない。
「団長!」
ベスが叫ぶ。
ガルドは振り返らない。
ただ静かに言う。
「仲間を守る時はな。」
「恐怖より先に身体が動く。」
その一言に、ベスは息を呑んだ。
父も、同じだった。
村で最後まで退かなかった。
母も、自分を突き飛ばした。
二人とも恐怖を知らなかったわけじゃない。
怖くても、自分を守ってくれた。
「俺は……。」
ベスは剣を強く握る。
「守られてばかりだ。」
その瞬間。
エインが何かに気付く。
「団長!」
「胸だ!」
グランベアが前脚を振り上げた一瞬だけ、胸の甲殻がわずかに開く。
そこだけ装甲が薄い。
「弱点か!」
ガルドがうなずく。
「全員聞け!」
「胸を狙う!」
灰鷹が一斉に動き出す。
ボルグが盾で突進を止める。
弓隊が視界を遮るように矢を放つ。
ガルドが正面から斬り込む。
誰も一人では戦っていない。
全員が、誰かのために動いている。
ベスはその光景を見ていた。
「これが……。」
「仲間。」
復讐しかなかった心に、小さな何かが芽生える。
まだ名前も分からない感情。
だが確かに、そこにあった。
ガルドが叫ぶ。
「ベス!」
「お前が行け!」
「え……!」
「お前の爪だけが届く!」
仲間たちが道を開く。
ボルグが身体を張る。
エインが矢で動きを止める。
リシアが傷ついた団員を支える。
全員が、一人の少年へ未来を託した。
ベスは走る。
低く。
速く。
獣のように。
しかし、その瞳はもう獲物だけを見ていない。
仲間を信じていた。
そして――。
《獣爪ガントレット・フェンリル》の三本の爪が、朝日に白く輝いた。
その刃が、装甲獣の弱点へ届こうとしていた、、、。
そこで世界は、再び大きく動き始める。




