レグルス
カン――ッ!!
砦中に鐘の音が響き渡る。
「西側の森だ!」
「数は二十以上!」
見張りの叫びに、灰鷹の団員たちが一斉に動き出す。
鎧を身につける者。
弓を取る者。
門を閉じる者。
誰一人、慌ててはいない。
何度も死地を越えてきた者たちの動きだった。
「ベス。」
ガルドが剣を腰へ差す。
「今日のお前の役目は一つ。」
「生きて帰ることだ。」
「……倒さなくていいのか?」
「倒せるなら倒せ。」
「だが、生きて帰れなければ意味はない。」
その言葉を胸に刻み、ベスは剣を抜いた。
右手には片手剣。
左腕には《獣爪ガントレット・フェンリル》。
鼓動が速い。
怖い。
逃げ出したい。
それでも足は止まらなかった。
砦の門が開く。
森の入り口には、十数体の牙兎と、その奥に三体の大牙狼がいた。
牙兎を率いる群れの長。
村を襲った魔物ほどではないが、熟練の傭兵でも油断できない相手だ。
「前衛!」
ガルドの号令。
ボルグたちが盾を並べる。
「弓兵!」
矢の雨が降る。
数体の牙兎が倒れる。
だが群れは止まらない。
咆哮を上げ、一斉に突撃してくる。
「来るぞ!」
戦場が激突した。
ベスは牙兎へ飛び込む。
低く。
速く。
獣のように。
左の獣爪で牙を受け流し、そのまま肩へ組み付く。
右手の剣を振る。
一体。
二体。
呼吸が乱れる。
その時だった。
横から大牙狼が飛びかかる。
「しまっ――」
避けられない。
そう思った瞬間。
一本の矢が大牙狼の肩へ突き刺さる。
動きが鈍る。
「集中しろ!」
エインだった。
「戦場で一人になるな!」
ベスは我に返る。
そうだ。
今は一人じゃない。
ガルドが前で戦い、
ボルグが守り、
エインが援護してくれている。
「俺も!」
再び走る。
今度は一直線ではない。
仲間の位置を見る。
敵の動きを見る。
ガルドの教え。
リシアの言葉。
エインの声。
すべてが頭の中でつながっていく。
「左!」
ボルグの叫び。
ベスは反射的に身を沈める。
その頭上を巨大な牙が通り過ぎた。
そのまま懐へ潜る。
獣爪で前脚を引き裂く。
体勢が崩れる。
「今だ!」
ガルドの剣が閃く。
大牙狼が崩れ落ちた。
「やった!」
ベスは息を切らしながら笑う。
初めてだった。
仲間と勝った。
その瞬間だった。
森の奥から、地鳴りが響く。
ズン……。
ズン……。
ズン……。
団員たちの顔色が変わる。
「嘘だろ……。」
ボルグが呟く。
木々を押し倒しながら現れたのは、巨大な熊のような魔物。
全身を黒い甲殻に覆い、額には一本の白い角。
通常種ではない。
「装甲獣……!」
エインの表情が険しくなる。
「こんな辺境に現れるはずがない!」
グランベアは咆哮を上げる。
その衝撃だけで木々が揺れ、団員の数人が尻もちをついた。
ベスはその姿を見て、全身が震えた。
思い出してしまった。
炎。
悲鳴。
父。
母。
あの日、村を襲った”上位種”の恐怖がよみがえる。
足が動かない。
呼吸が浅くなる。
剣を握る手が震える。
「ベス!」
ガルドの声が飛ぶ。
しかし届かない。
視界には巨大な魔物しか映らない。
その時。
誰かがベスの肩へ手を置いた。
「顔を上げて。」
リシアだった。
彼女は前線へ薬を届けに来ていた。
「怖くていい。」
「震えていい。」
「でも、一人じゃない。」
その言葉で、止まっていた時間が少しだけ動く。
ベスはゆっくりと深呼吸した。
震えは消えない。
恐怖も消えない。
それでも。
剣を握り直す。
ガルドが口元を緩める。
「それでいい。」
「恐怖を知ってなお前へ進める者だけが、本当の戦士だ。」
グランベアが大地を蹴る。
砦へ向かって突進する。
ガルドは剣を構えた。
ボルグが盾を構える。
エインが矢をつがえる。
ベスは低く腰を落とす。
右手に剣。
左手に獣爪。
獣のような構え。
だが、その瞳はもう獲物だけを見てはいなかった。
仲間を見ていた。
守るべき背中を見ていた、、、。
そして灰鷹は、巨大な魔物へ向かって駆け出した。




