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バル  作者: 隣の猫
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105/417

イザール



夕暮れ。


灰鷹は山道を外れ、風をしのげる岩場で野営の準備を進めていた。


レオンが薪を運び、ベスは焚き火へ火を入れる。


やがて橙色の炎が揺れ始めた。


冷え切った身体へ、少しずつ温もりが戻ってくる。


リシアは温かな薬草茶を仲間たちへ配った。


「はい。」


「少しは温まると思います。」


「助かる。」


レオンは湯気の立つ木の器を受け取り、一口飲む。


「生き返るな……。」


アイラも微笑んだ。


「寒い土地ほど、温かいものがありがたいわね。」


ベスは焚き火を見つめながら呟く。


「この大陸も……封印が解かれ始めている。」


その言葉に、皆が静かになる。


ガルドは炎を見つめたまま口を開いた。


「焦るな。」


「俺たちのやることは変わらん。」


「神殿へ辿り着き、真実を確かめる。」


ベスは力強く頷いた。


「ああ。」




夜更け。


交代で見張りをしていたベスは、ふと眉をひそめた。


風が止んでいる。


静かすぎた。


「……。」


嫌な予感が胸をよぎる。


その時だった。


ガサァッ!!


森の奥から黒い影が飛び出した。


「敵だ!」


ベスの声が響く。


仲間たちは一斉に飛び起き、武器を手にする。


次々と姿を現したのは雪熊だった。


一頭。


二頭。


三頭。


その数は十頭を超える。


昼間に遭遇した群れよりも多い。


「野営地を囲まれた!」


レオンが大剣を振るい、一頭を吹き飛ばす。


ガルドも熊の爪を受け止め、ベスは焚き火を飛び越えて仲間を援護する。


アイラの矢が夜空を裂き、リシアは負傷した仲間を癒やし続ける。


しかし。


雪熊たちは倒れても怯まない。


次々と襲い掛かってくる。




ズシン……


ズシン……


山が震えるような足音が響いた。


雪熊たちが一斉に動きを止める。


森の闇から現れたのは、群れの主だった。


通常の雪熊をはるかに超える巨体。


白銀の毛並みには幾筋もの古傷が刻まれ、額からは氷のような二本の角が伸びている。


その瞳には、長い年月を生き抜いた王者の威厳が宿っていた。


「……でかい。」


レオンが息を呑む。


巨熊は低く唸る。


その声だけで、周囲の雪熊たちは道を開けた。


次の瞬間。


巨熊がベスへ向かって突進する。


「ベス!」


ガルドが割って入る。


轟音。


剣と巨大な爪がぶつかり合う。


ガルドは踏みとどまるが、その足は雪へ深く沈んでいく。


「ぐっ……!」


ベスも横から斬り込む。


レオンも大剣を振り下ろす。


アイラの矢が急所を狙う。


それでも巨熊は止まらない。


巨体を生かした一撃が地面を砕き、灰鷹は吹き飛ばされる。


誰も決定打を与えられなかった。




その時だった。


ヒュウ……


冷たい風が、静かに吹いた。


雪がふわりと舞い上がる。


巨熊が動きを止めた。


ゆっくりと山の尾根を見上げる。


その目に、初めて恐れが宿る。


ベスたちも視線を向けた。


月明かりに照らされた岩の上。


一頭の巨大な白狐が立っていた。


白銀の毛並み。


黄金色の瞳。


一本だけの大きな尾。


ただそこに立っているだけなのに、山全体が静まり返る。


白狐はゆっくりと一歩踏み出した。


次の瞬間。


白い影が夜を駆け抜ける。


誰の目にも、その動きは映らなかった。


ザンッ――


乾いた音が響く。


巨熊の身体が大きく揺れる。


そして静かに崩れ落ちた。


群れの雪熊たちは悲鳴を上げることもなく、一斉に森の奥へ逃げ去っていく。


静寂が戻った。


白狐は灰鷹を一瞥することもなく、雪山の奥へ歩き始める。


その背中は、まるでこの山そのものを守る番人のようだった。


ガルドは静かに剣を納める。


「……今夜は追うな。」


「夜の山は、向こうの庭だ。」


ベスは遠ざかる白い背中を見つめた。


あの白狐は何者なのか。


なぜ自分たちを助けたのか。


その答えは、夜明けとともに明らかになる。






















白銀の守護者は、静かに雪の闇へと消えていった。

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