9.革命の黒幕とお飾りの国王(アルベルト視点)
アルベルトは国王になってから初めて義父であるダニエル・カンナス伯爵の元を訪れた。
養子であるアルベルトに将軍の位を譲ってからも、鍛錬に余念がなかった男だ。四十八歳になっても、偉丈夫ぶりは健在だった。
しかし、その男は、今は暇そうに豪華な部屋の中でワインで満たされたグラスを傾けている。
彼の服装はいつものように贅を尽くしたもので、濃い赤毛と黒い瞳に合わせた配色がされている。らしい。
アルベルトには服の生地の良し悪しもよく分からない。伯爵家の養子になってからは、いくつも服を仕立ててもらったが、特段うれしくもなかった。
義父は、王族や大貴族らを大勢捕らえている塔とは別の建物にいる。
護衛も普通の兵士ではない。昔から義父の元にいた者たちだ。中にはアルベルトの教育係として厳しく指導をしてきていた者もいる。
彼らは一応はアルベルトの配下にいると周囲からは思われているが、義父の命令にしか従わない者ばかりだ。
少数とはいえ、歴戦の勇者揃いである。
そんな部下たちに守られながら、義父は開口一番に「体がなまる」とアルベルトに言った。
「もうしばらくは、他の大貴族との扱いの違いを悟らせるわけには参りません。ご辛抱ください」
「分かっている。だが、酒しか楽しみがないとはな」
アルベルトは心の中で身構えたが、女を連れて来いとは言われなかった。
この男には性交渉をする相手をいたぶる趣味がある。奥方が早くに亡くなり、子どもにも恵まれなかったのはそのせいではないかと思っているほどだ。
連れて来いと言われても状況のせいにして断るつもりでいた。ようやくこの男の支配下から抜け出しつつある今になって、ようやくできることだ。
義父はおもむろに不機嫌な声を出した。
「で? 言い訳を聞こうか。なぜ革命を早めた? 当初の計画が台無しだ。よほどの事情があったのだろうな?」
アルベルトは気を引き締めた。この男に、まだ自分が歯向かうつもりなど微塵もないと信じさせなくてはいけないからだ。
アルベルトは義父から命じられていたよりも早く革命を起こして、義父の目論見を潰した。それは自分が生き残るためだ。
義父はいつまでもアルベルトを自分の駒としか見ていない。だから、それに気づかない。
「申し訳ございません。一部の部下が暴走いたしました。あと一月が待てなかったようです。その者たちは捕えており、近く処刑します」
もちろん、そんな部下は存在しないし、誰も処刑したりはしない。義父の部下が探るだろうから、それらしく装う手筈にはなっている。
アルベルトは深々と頭を下げた。
「今後はこのような失態を犯さぬよう努めます」
「そうすべきだな。お前を取り立ててやった恩を忘れるな。お前のような平民が王位に就くなど、私の力がなければ叶わなかったのだ」
「承知しております」
義父の声は冷静だったが、彼はグラスに注いだワインをこの間に何杯も飲み干していた。
計画の変更を余儀なくしたアルベルトを憎々しく思いながらも、囚われている自分の命を握られてもいるのをきちんと理解しているのだろう。
その鬱屈した思いは、彼自身を破滅に導くのに一役買ってくれるはずだ。
アルベルトは義父に現在の王宮の状況について説明した。本来はそのためにここへ来ている。今後もこの定期報告は続けなくてはならない。
「人は足りませんが、王宮は正常に機能しつつあります。当主を捕らえている大貴族たちは押さえ込めています。下級貴族であっても、現状に不満を持っていそうな家も」
「そうだといいがな」
義父は本当は自分で全てを取り仕切りたいのだろう。だが、それではこの計画は成功しないと考えたから平民出のアルベルトに目をつけた。
見せかけの革命を本物らしく見せ、既存の権力を打倒とすると言い出しても兵士たちがついてくるだろう英雄を作って旗印にした。国軍の兵士の大半は、平民と食いつめた貧乏貴族が占めるからだ。
カンナス伯爵は、自分が義理の息子に多大な恩を売っており、逆らわれないと本気で思っているようだ。
政治的な力を持たないアルベルトを国王にして、実権は自分が握っていると、なぜか信じ切っている。
それは、アルベルトがこれまで彼に一度も逆らわなかったからだろうが、それ以上に彼のような苦労知らずの貴族は、平民を同じ人間だと思っていない。その傲慢が目を曇らせているのだろう。
義父は相手の内心なんて毛ほども考えず、話を続ける。軍隊で彼の部下だった時から変わらない直立不動の姿勢でそれを聞く。
その大半はアルベルトがすでに手を打っている施策についてだった。
そして、最後に彼は少し身を乗り出した。
「アルベルト。あの王女は懐柔できているのだろうな」
「心からではないでしょうが、彼女は現状を受け入れています。他に頼れる者がいない状況を作っておりますので」
「そなたしか頼る者がいないとなれば、その孤独に耐えかねて、そなたに心も委ねるようになるだろう。捕虜などを洗脳する時に使う手だな」
アルベルトは静かに頷いた。
「ある程度の自由は与えていますし、願いも叶えます。こちらに信頼を寄せるように……」
アルベルトはもともと他人を信頼していない。自分たちを虐げ、蔑んできた相手に同情もしない。
マリアーナは今のところ、こちらの思い通りになっている。
ただ一つ気になるのは、彼女が初夜にアルベルトと義父であるカンナス伯爵との関係を見抜いているかのような発言をしたことだ。
推測しただけかもしれないが、彼女や旧王家に何らかの情報が流れていた可能性も考えられる。
アルベルトは、またグラスにワインを注ぎ始めた義父の周囲を固める、壮年の男たちを見た。彼らは何の感情も浮かべずにこちらを見返してきた。
彼らではない、とアルベルトは思った。これを知っているのは、彼らの他はアルベルトが信頼する四人の部下たちだけだ。
アルベルトは最後に、マリアーナの懐柔策の一環として、彼女と妹弟を会わせていいか聞いた。
そうすることは決めていたが、これを義父に黙って進めれば、後で面倒事になりかねない。
「そなたが思うようにしろ。あの子どもたちには何もできはしまい。前の国王と王妃は?」
「王の方は大人しくしています。妃の方は時折り大声を出して、見張りを辟易させているらしいですが」
義父は、かつての主君らを鼻で笑った。そして、用は済んだと言うように片手を振って「うまくやれ」と命令口調で言う。
アルベルトは深々と腰を折ると、その部屋を出た。
前室で待っていた部下のマウリに目で合図をすると、兵士が開けた扉をくぐった。
◆
人気のない通路に出るまで二人は黙っていた。そこまでは確実に義父の目があるだろうからだ。
後ろを確認してからマウリが「どうだった?」とひそめた声で言った。その昔からの言葉遣いを咎めはしない。二人きりの時は。
アルベルトには彼の他にも三人の信頼する部下がいる。
マウリの次に付き合いの長いエンシオは今はマリアーナの護衛中だろう。
マウリとエンシオは、アルベルトと同じような境遇で育った。
アルベルトは義父である伯爵の指示で単純に平民出身だと公式にも記録が作られたが、実のところ、どこの国の出身かも分からない男たちが寄り集まって作っていた傭兵団にいた。
このエイノール王国の軍に雇われていたところ、腕を見込まれて義父に取り立てられた。その時一緒に正規兵にしてもらったのが、この二人だ。
アルベルトたちが正規兵になってから出会った、一番若いブラントは、ベランクの言葉に通じており、何かと役に立つ。少年兵だったブラントを戦場で救ってやってから、彼はアルベルトに忠誠を誓っている。
アークラは四人の中ではたった一人、貴族の出身だ。とはいえ、私兵も持てない貧乏貴族の嫡男で、アルベルトが義父に取り立てられて正規兵たちを率いるようになってすぐに、彼の実家であるアークラ男爵家の領地を救ったのが縁で出会った。
ただでさえ豊かではない領地中を荒らしていた盗賊団を兵士たちを率いたアルベルトが撃退したのを目の当たりにして、剣も持ったことがなかった彼は自ら志願してアルベルトの部下になった。
アルベルトは周囲を確認してから、一番長い付き合いのマウリに答えた。
「思惑通りだ。例の囚人と王妃の面会にも反対されなかった」
「ずいぶんと気に入ったんだな。あの王女様、じゃなかった、王妃様を。妹と弟に会わせてやるなんて」
アルベルトは彼の言葉に首をかしげた。
「それは懐柔するために必要だからだ。俺は仲間以外は誰も信じない。知っているだろう?」
マウリは「別にお前の妻になったんだから、好きにすればいいさ」と、よく分からないことを言う。
そして、自分のマントを引き絞るようにしながら、彼らしい言葉を口にする。やや軽率だ。
「あの頃の野望が叶いつつあるんだ。あとはあのジジイを……」
「マウリ。気を抜くな。本番はここからだぞ。伯爵の後ろにはまだ……」
「分かっているさ。浮かれてなんていないから安心しろ。本当に慎重なやつだよ、お前は。まあ、そのおかげで、俺たちは今こうしていられるんだけどな」
アルベルトはマウリに頷き返しながら、何気なく腰にさしている短剣に触れた。
傭兵だった時は急な移動が多かった。大切なものや、失くしたくないものは肌身離さず持つ癖が今でも抜けない。
これは彼女に贈ったものであって、自分のものではない。でも今のところ彼女に返すわけにもいかないから、こうして持っている。
いつものように楽しそうなマウリは、革命の当日、マリアーナを連れ去ろうとしていた、ベランク人の侍女や護衛たちから拷問官が聞き出した内容について、アルベルトに聞いてきた。
アルベルトもここにくる前に聞いたばかりだ。
彼らはかなりの訓練を受けており、そう簡単に口を開かなかった。しかし、何日にもわたる拷問に耐え続けるほどベランクへの忠誠は深くなかったらしい。
現在のあちらの様子を事細かに教えてくれた。それを伝えるとマウリはさらに楽しそうに笑う。
「奴は焦っているだろうな、アルベルト」
「そうでないと困る。焦っている時ほど馬鹿らしい手にも引っかかる」
「そりゃそうだ」
アルベルトは自分たちを侮って道具のように扱う気でいる者たちを一人一人思い浮かべた。
これまでも長い戦いだったし、それはこれからもしばらくは続く。
自信と同じくらいの不安があると言ったら、部下たちは呆れるだろうか。
アルベルトは心の中にある弱気は誰にも見せないと決めていた。
義父の野望を叶える道具になり、そして、いつかはその道具ですらなくなるのだと、光の中に出ていくのだと、覚悟をした時から。
アルベルトは大量に残っている仕事を片付けるために、執務室に向かって歩いて行った。
つづく……




