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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
死に戻った王女は運命に逆らう

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3.お飾り王妃の生きる意味



 マリアーナは馬車に揺られていた。

 

 目の前には、じきに国王になろうとしているアルベルト・カンナス将軍がいる。


 先ほどマリアーナが連れ去られそうになっていたところに、彼が自らやってきたのには驚いた。


 マリアーナがこの日どこへ外出するかは、報告して許しを得たものだから、すぐに兵士がやってきて捕えられるだろうと思ってはいた。

 でもまさか、革命を主導する彼が直接やってくるなんて想像もしていなかった。

 あの記憶の中では何日も逃げ続けたから、その時どうだったかは確認のしようがない。


「短剣の使い方は覚えておいでだったようですね? 先ほど部下から聞きましたよ。奴らとしばらく渡り合ったとか。奴らが悪態をついていたそうです」


 マリアーナは彼をしっかりと見た。


「ええ……。結局捕まってしまったけれど」


「てっきり、婚約者の元へ逃げると思っておりましたよ。もう、ここにはいまいと」


「それは嫌だったの。家族を置いて逃げるなんて」


「……今後、ご自分がどのような扱いを受けるか分からないのにですか?」


「ええ」


 先ほども同じ会話をしたと思いつつ、マリアーナは小さくつぶやくように返事をした。

 そして、彼の視線から逃れるように、カーテンで覆われた窓を見る。


 本当は知っているのだ。一度体験したことだから。


 彼が言ったように、彼が王位に就くために、マリアーナはその妻となる。そして、すぐに殺される。



 今回はそうならないで済むようにと、たくさん勉強したし、短剣の扱い方も習った。できるだけの準備はしてきたつもりだ。


 とはいえ、革命とやらを止める手立ては何一つ思いつかないまま、この日を迎えてしまった。たいした知識もない年若い王女が国の運命を変えようなんて、とんだ思い上がりだった。


 でも、それを悔やんでも無駄だと、マリアーナは自分に言い聞かせた。

 

 ただ、彼から疎まれてはならない。少しでも気に入られて、生き長らえなくてはいけない。

 そして、家族を元の通りとはいかなくても、苦労のない生活に戻してあげたい。

 あの記憶の中では、皆は牢に入れられていたはずだ。



 家族のためならば、恥辱を受けても構わなかった。

 でも、やはり恐くて、その気持ちを紛らわせるようにカーテンの隙間からチラチラと見える街の様子を見た。


 国王や主だった貴族が捕えられているというのに、街中は混乱しているようには見えない。

 もっと大騒ぎになっているのかと思っていたのに。


「静かね……」


「……街の様子がですか?」


「ええ。皆はあなた方を受け入れたということかしら。それとも、何が起こったのか知らないの?」


 マリアーナが見つめると、彼と視線が合った。


「ええ。民には預かり知らぬ場所だけで完結させました。念の為、情報の早い商人らには、彼らの生活には影響はないと伝えさせています。今回捕えた貴族たちの領地からの作物などの輸送には影響がないと」


「……そうなのね」


 あの記憶の中では、何の事情も知らないまま、ただ自分の身に降りかかる出来事に流されるしかなかった。

 彼が何を思って革命なんてものを起こしたのかも知らなかったし、それを知る時間もなかった。


 だからこそ、あの日、悲劇的な記憶を思い出してから、マリアーナはそれまで見向きもしなかった、王宮で接する以外の人々を知ろうとした。

 ところが、それは立場上ほとんどできなかった。ほんの数回、街中を今のように馬車で通り抜けるのを許されただけだ。



 でもマリアーナは諦めなかった。自分の身を守るために、どうしても剣を習いたいと言い張ったのだ。

 そして、何か糸口がつかめればと、引退した元カンナス将軍に剣術を教わりたいと父王に頼んだ。


 周囲からは王女らしからぬ行動だと言われた。わがままを押し通したのは人生でその時だけだ。


 養父である前のカンナス将軍に同行していた彼が護身術の教師になってくれたのは偶然だったけれど、半年ほど、月に数回の頻度で王宮で会えるようになった。


 彼とは一度だけ、お茶の時間を一緒に過ごしもした。


 そのため、彼とは親しいとまではいかないまでも、何度も会話をした仲にはなった。

 今こうして話ができるのも、その時に彼に近づく恐怖を克服したからだ。

 

 とはいえ、その関係は急に終わった。

 彼から短剣の使い方を習うのは、婚約が決まったときに禁止されてしまったからだ。


 でも、彼から教わった護身術のおさらいは、寝る前に一人になってから毎日欠かさずにしていた。

 その努力のおかげで、隣国へ連れて行かれるのを防げたと思う。

 彼がやってくるまで、あの場所にとどまれたのだから。



 そういえば、あの侍女たちは何としてもマリアーナを隣国のべランク王国へ連れて行こうとしているようだった。


 そして、褒美がどうのという言葉がどうしても気になる。マリアーナの婚約者であるべランクのユリウス王子からのものだろうか。


 もし、その褒美がもともと約束されていたものならば、彼らはこの国で革命が起こると知っていたことになる。



 考えに沈んでいたマリアーナは、目の前に座る男性の耳触りのよい低い声に我に返った。


「他に聞きたいことは? もしくは条件でもいいが」


「条件……? 何に関してかしら」


「結婚のですよ」


 そんなことを聞かれるとは思っていなかったマリアーナは、少しの間彼を見つめた。

 あの、誰もマリアーナの言葉なんて聞こうともしなかった状況は変えられたのだろうか。

 マリアーナは勇気を出して言った。


「家族の無事を約束していただきたいわ」


「側妃は作るなとか、そういう条件のつもりだったが……。あなたの立場を脅かすかもしれない存在ですしね。誇りもおありでしょう」


 マリアーナは家族を守るために、どうすべきかを考えた。家族が無事ならば、自分は都合よく扱われてもいい。

 どうせ彼が欲しいのは王家の血を受け継ぐ、マリアーナが産むかもしれない子どもだけだろう。


「あなたのお好きにすればいいわ。私に口を出す権利があるとも思えませんから」


 彼は無表情にこちらを見ていた。「なるほど」と言うと彼は視線をそらしす。

 先ほどマリアーナがしたようにカーテンの隙間から外の様子を見ているようだった。



 マリアーナはあの恐ろしい記憶が真実起きた出来事だったのだと、この日の革命発生で確信した。これまでも信じていたとはいえ、絶対の自信はなかった。


 でも、本当だった。

 何としてもこれから降りかかってくるだろう運命を変えたい。

 上手くできるかは分からないけれど、やってみるしかない。


 マリアーナは縄で縛られていた時についた手首の傷を、少しの痛みに顔をしかめながら、優しくさすったのだった。



 ◆



 王宮に着くと、見知らぬ、おそらく服装からして下女だろう少女が、器用に手首についた擦り傷に布を巻いてくれた。


 ドレスは皺になっているけれども、自室に戻るのは無理そうだ。扉の内側にも外側にも、将軍配下の兵士たちがいる。



 マリアーナは、何としても、自分には利用価値があるのだと彼に思わせて、近く訪れるはずの死を回避しなければならない。


 兵士の一人に促されて、そう覚悟を新たにしつつ、見慣れた王宮の廊下を進む。


 案内されたのは謁見室だった。いったい何が行われるのだろうか。

 あの記憶にないことは何も分からない。


 と、その時、謁見室の別の扉から両側から腕をしっかりとつかまれ、大勢の兵士に周囲を囲まれた壮年の男性が姿を現した。


「お父様!」


「マリアーナ……」


 マリアーナは父親であるエイノール王国の国王に駆け寄ろうとした。しかし、近くにいた何人もの兵士たちの、鞘に収められたままの長剣に阻まれる。

 彼らはこちらには触れられないのか、マリアーナの体の前に剣を伸ばしてきたのだ。

 彼らに逆らう気はなかった。何よりも父に危害が及ばないように。


 父は悲痛な表情でこちらを見てくる。マリアーナも悔しくて仕方なかった。




 マリアーナはあの恐ろしい記憶を思い出してから、父王の執務室に押しかけて人払いをさせ、アルベルトとカンナス伯爵の危険性を父親に訴えた。


 しかし「滅多なことは言うな」と、叱られた。家臣を疑えば国が乱れると。


 マリアーナは何の証拠も持っていなかった。父からは、マリアーナの言動は国のために尽くしてきた英雄たちを無駄に貶めようとしているだけにしか見えないのだと言われてしまった。


 証拠なんて見つかるわけがない。革命の日まで、何の予兆もなかったのだから。もしマリアーナが気づけるくらいなら、父にだって出来るに違いなかった。


 それ以来、マリアーナは革命の阻止ではなく、革命が起こっても生き延びる方法を探すようになった。


 父はあの時の会話を思い出しているのかもしれない。そして、不思議に思っているだろう。なぜ、この革命が、当時まだ十六歳の、特別政治に(さと)いわけでもなかったマリアーナに予見できたのか、と。




 やがて、紙の束を抱えた官吏らしき男性を連れたカンナス将軍が、圧倒的な存在感を放ちながら入ってきた。


 後ろには十人ほどの大貴族たちを引き連れている。今日王宮にいた者たち、つまりは、さほど大きくないエイノール王国の大貴族のほとんど全てだ。


 とはいえ、彼らはカンナス将軍の部下らに脅されてそうしているだけに違いなかった。怯えた顔をしていて、逆らう様子はない。



 大股で進む彼について行くようにと、父もマリアーナも移動するように促される。

 マリアーナが足を止めた時には、将軍とその部下たちの手によって、大きなテーブルの上に書類が広げられていた。


 あの記憶の中では起こらなかった出来事だ。

 いや、マリアーナが逃げたために、遭遇しなかったというのが正しいのだろう。



 まず将軍は、マリアーナと将軍の婚姻に関する書類を、二人から見える場所に置いた。


 次に、王位継承権を持つマリアーナとの結婚により、その夫となった将軍に王位を譲渡するための書類が置かれる。

 これらにサインをするために、国王である父が連れてこられたわけだ。


「マリアーナには婚約者が……」


 父はサインをする前に、この場を支配する男にそう言いかけたけれど、その言葉は続かなかった。

 マリアーナに向けられている剣が一本、鞘から抜かれたのだ。


 逆らう術はなかった。大貴族らが見守る中、父王は震える手でサインをした。

 マリアーナに顔向けできないと思っているのか、こちらを見てはくれなかった。



 そうして、マリアーナの結婚と新国王の即位が決まった。


 大貴族たちの中には何か考えていそうな者もいたけれど、誰も何も言わなければ、抵抗もしなかった。好機を狙うことにしたのだろう。

 当主である自らが捕えられているのだから、今は何もできないはずだ。

 


 国王ではなくなった、肩を落とした父親が連れて行かれるのを、マリアーナは静かに見守った。どうか、早まった真似だけはしないようにと願いながら。


 マリアーナは王女ではなく、王妃になった。でも何の実感も湧かない。


 何にせよ、家族たちのために新国王に妃として従順に従いつつ、殺されないようにしなければならない。


 それから、家族を励ます方法を見つけたい。いつになるか分からないけれど、マリアーナは絶対に父母や妹、そして、まだ幼い弟を助け出そうと決めていた。


 それが、マリアーナが今を生きる意味だった。



つづく……

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