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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
死に戻った王女は運命に逆らう

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4.二度目の最後の夜



 マリアーナは洗練されているとは言い難い、初めて見る侍女二人に入浴を促された。おざなりに湯をかけられながら体や髪を自分で洗う。


 この状況は、あの記憶にある初夜と似ている気もしたし、そうでない気もした。

 この後に待ち構えている、夫となった彼に無理矢理犯された恐怖や痛みの記憶が強烈で、それ以外はあまり覚えていなかった。


 マリアーナは、体が勝手に震え出しそうになるのを、手を握りしめて耐えた。



 マリアーナが今いるのは、もともと暮らしていたのとは違う場所だ。おそらく王宮内の別の棟だろう。装飾や家具に見覚えがない。

 そして、当然のように知らない寝室に通される。


 何も言わない侍女たちが下がると、マリアーナは部屋の中を歩き回った。緊張と恐怖でじっとしていられない。

 何度も家具の間を通るうちに、テーブルの上に用意されているお酒でも飲んでしまおうかと思いたった。


 グラスはいくつもあるから、自分が飲んでも構わないはずだ。少しでも緊張を和らげたかった。それなのに、手が震えてしまっていて、うまく瓶がつかめない。


「飲むなと言うことかしらね。冷静でいろと……」


 マリアーナは顔を上げて鏡に映る自分自身に問いかけた。鏡の中にいるマリアーナは顔をこわばらせたまま、何も言ってはくれない。



 その時、小さく扉が軋む音がして、マリアーナはびくりと体を揺らした。その音はまるで、あの記憶の中で自分が殺された時に聞いたような音だったからだ。

 でも続いて聞こえてきたのは、夫となった人の声だった。


「待たせたな」


 マリアーナは少しほっとしている自分をおかしく思いながら、彼の方を向いた。

 まだ殺される時ではないはずだ。


 ガウン姿の彼はソファに腰掛けると、胸元から数枚の紙を取り出して、マリアーナに横の席を身振りで示す。

 マリアーナは彼から少し間を空けて腰掛けた。そして彼の手の中にある物の正体に気づいた。


「それは……。私の私物を勝手にご覧になったの?」


「あなたの衣装や、ペンやなんかを新しい部屋に運ばせた時に見つかったと聞いた。何か問題が?」


「いいえ。特には」


 それは元婚約者から送られて来ていた手紙だった。話題を忘れないよう、直近の数回分は引き出しにしまってあった。

 彼はそれをどこか小馬鹿にしたような微笑みを浮かべながら読んでいる。

 気持ちは分からないでもない。


 元婚約者は隣国のベランク王国の、たった一人の王子である。

 彼はいつも、やや大袈裟な表現を使う。たった一度会っただけのマリアーナの美しさがどうだったとか、やり取りした手紙に書いた表現が詩的だったとか、やたらとこちらを褒めちぎり、愛をほのめかすような文章を書く人なのだ。 


「ずいぶんと熱烈な手紙を送る男だな」


「社交辞令でしょう」


 あの悲劇的な記憶の中では、マリアーナはユリウス王子に恋心を抱いていた。彼につられて浮かれた内容の手紙を返していた。


 しかし、今回はユリウス王子とは結ばれないと分かっていたから、マリアーナからの返事はそっけないものだった。その方がよいだろうと思ったのだが、彼はなんと、以前とほとんど変わらない文章を返してきた。


 マリアーナは驚くとともに、妙に納得したものだ。彼の為人はよく知らないけれど、恋文を書き慣れているか、誰かに代筆でもさせているのだろうと思った。


 それもあって、マリアーナは元婚約者に何の感情も抱いていない。


「社交辞令か。あなたはいったいどんな返事を届けさせたのだろうな」


 彼は元婚約者から来た手紙を暖炉に放り込みながら言った。

 マリアーナは返事をし損ねた。季節や最近流行りの歌劇について当たり障りのない内容しか送っていなかったと思う。


 でも、それを言うのも変な気がして黙っていると、彼が近づいて来て、顔を覗き込まれた。それに驚いて体を引いてしまう。腰掛けていたソファに背中がつく。


 そんなマリアーナに彼は片眉を上げた。やはり何か答えた方がよかったのだろうか。


「甘ったるい文章を書く男が好みか?」


「え? いいえ。まったく」


「……何を隠している? 随分と言葉が少ないな。以前はよく話す女だと思ったが」


 護身術を教わっていた頃は、とにかく彼を知ろうと、一所懸命に話しかけていた。でも今は状況が違う。下手なことを口にして怒らせるわけにはいかない。

 ところが彼はマリアーナが話さなくても不審に思うらしい。


 マリアーナは思い切って、疑問をぶつけてみようと決めた。彼に逆らうつもりはない。しかし侮られるつもりもなかった。


「何も隠してなどおりません。前のカンナス将軍が国軍を強化した理由を考えていて」


「……ほお」


 マリアーナがあの記憶を取り戻した時には、もう終わったことだったけれど、彼の養父である前カンナス将軍の時代にエイノール王国軍は大きく再編され、規模も拡大された。


 調べたところ、伯爵家の当主であり、将軍らの中でも一番大きな力を持っていた前カンナス将軍が国王に働きかけ、私兵を多く持つ大貴族たちから、その人員を兵士として国軍に集めさせたらしかった。


 大貴族たちにとって私兵は、他領との小競り合いや、万が一他国から侵攻を受けた場合に必要なものだ。

 しかし、そうと分かっていても、それを養うのにはかなりの財を投じなければいけなかった。


 そのため、それらの問題が起きた時の戦闘や仲裁を引き受けると言う国軍の拡大に反対する者は、ほとんどいなかったらしい。


「あなたのお義父様は……カンナス伯爵は、これを見越して国軍に兵力を集めて、他の貴族を弱体化させたのね。そして、あなたを養子にした」


「……何が言いたい?」


「今、カンナス伯爵はこの王宮におられるのかしら。あなたの後ろ盾でいらっしゃるのでは?」


 マリアーナはあの記憶を思い出してから、彼らの革命がなぜ成功したのかを考えていて、その答えに行き当たった。

 きっと伯爵が裏で糸を引いているのだろうと。平民や下級貴族の支持を得やすい人物を国王に据えて、実権は伯爵が持つのではないかと。


 そうでなければ、平民出身の彼を養子にしてまで将軍にする必要があっただろうか。


 そして、マリアーナを殺した者たちの言葉の中には「伯爵」と言う言葉が出てきた。今も二人が繋がっていると考えるのが自然だと思う。



 彼は感情を見せない顔でマリアーナを見ていたけれど、不意に笑った。まるで脅すかのような、恐ろしげな顔だ。目は笑っていないのに、口の端だけが持ち上がっている。


「そうだな。義父(ちち)には感謝しているよ。軍が今の形でなければ、大貴族どもの私兵が、身分が高いばかりの戦い知らずにはなっていなかった。俺はそいつらを叩くために国中を回らねばならなかっただろう。だが、義父は檻の中だ。権力は俺が掌握した」


「あら……。それは失礼したわ」


「俺が義父の傀儡に見えるか?」


「そういうわけでは……。違ったのなら失礼いたしました。愚か者の浅はかな考えと笑ってください」

 

 マリアーナは彼が否定しようとも、「伯爵」が義理の息子の元で力を持っているのを知っている。


 それをほのめかしてみたのが正解なのかそうでないのかは、よく分からない。ただ、こちらが何も考えていないとは思われたくない。マリアーナが自分の意志でここにいるのだと、彼に伝えたかった。


「あなたのような人が、そんなことに関心を持っているとは思わなかったな」


「考えてみていただけです。何にせよ、私には関係のないことでしょうから、もう何も申しません」


 マリアーナがそう言い終わると同時に彼に腰を引き寄せられる。そして横抱きにされると、彼の足はベッドに向かった。

 マリアーナは、いよいよその時がきたのだと覚悟しようとした。初めてではない。あの記憶の中では一度経験したことだ。


 でも、ベッドに下ろされて上から覗き込まれると、やはりあの記憶の中で犯された恐怖を思い出してしまった。


 マリアーナは必死で自分の体を制御しようとした。でも、初夜を迎える恐ろしさに手の震えが止まらない。

 情けないところを見せたくなくて、胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。

 

 そんなマリアーナを見て、彼は不思議そうに首をかしげた。


「どうした?」


 マリアーナは何か変わるかと思って「痛いのは嫌……」と言った。少しだけでいいから、ゆっくりしてもらえるだろうか。


 彼は眉を上げると、少し身を引いた。小声で「処女なんだな……」とつぶやくのが聞こえる。


「あ、当たり前だわ! あなたは今とても失礼な発言をしたのだと分かっていらっしゃるの!?」


 思わずいつもの調子で答えてしまったのに気づいたけれど、もう遅い。気分を害したら、記憶にあるよりも酷くされるかもしれないのに。


 謝ろうとしたその瞬間、彼が楽しそうに笑った。

 彼のそんな澄んだ声を聞くのは初めてだった。


「手の震えは止まったな。起きろ。ここへ」


 彼は自分の膝を叩いている。


 気づくと彼に言われた通り手の震えは止まっていた。大きな声を出したからだろうか。

 笑顔のままでいる彼は、先ほどより恐ろしくない。


 おずおずと近づくと力強い手に引き寄せられ、驚くほど優しく抱かれた。


 あの記憶とはまるで違った。


 その温かさと、肌の触れ合いになぜか涙が出そうになる。きっと、あの恐ろしい記憶のようにならなかった安堵の涙なのだろうとマリアーナは思った。


 やがて彼は起き上がって、脱ぎ捨てていたガウンを手に取った。

 あの記憶の中では、初夜の後、彼はすぐに寝室から出て行った。

 今日もそうなのだろう。


 そう思った瞬間、マリアーナは彼のガウンをつかんで引き止めていた。

 彼は驚いたような顔でこちらを見ている。



 一人きりになれば、明日には殺されるかもしれない。


 もし、あれが彼が命じたものでなければ分からないけれど、マリアーナが今まさに従順な態度をとったことで、彼がこちらをすぐに処分する必要はなくなったのではないだろうか。


 しかし、一方で、他の人がさせたことならば、あの危険は常に付きまとうことになる。


「一人にしないで……」


「……誘われるとは思わなかったな……」


 彼はそう言うと、またマリアーナの肌に触れる。

 マリアーナは、彼がそばにいてくれるのに安心した。そして、もう恐ろしさを感じなくなった、彼の首に縋りついた。



つづく……

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