27.新国王のお披露目
エイノール王国の新国王を披露するための宴には、十一の国から使節団が招かれていた。彼らの筆頭は王族か、それに準ずる身分の者たちだった。
エイノールと直接国境を接する、大国ベランクを始めとする六つの国と、旧王家との血縁関係がある五つの近隣国からやってきた彼らは、広間に通される前に、国王からの出迎えを受けると聞かされた。
平民出身の成り上がり者の軍人だというのが、彼らのエイノール国王に対する事前情報のほとんど全てだった。
王族や貴族の出身者であれば、多かれ少なかれ情報は持っているが、伯爵家の養子になっていたとはいえ、ただの平民の出自など知る由もない。
ただ、その成り上がり者は戦上手として知られた若き将軍であり、エイノールの軍事力は侮れない。
だから、しばらくは友好関係を維持するとしても、ただの軍人に国は治められないと思う者が大半だった。しかも、彼は王位を奪っただけでなく、その支えであった大貴族たちを政治の中枢から排除した。
エイノールには、じきに綻びが見え始めるだろうし、その時には友好関係や、不可侵条約など意味を持たなくなる。
皆、そう思って、無作法だろう新国王に会いに来ていた。
しかし、彼らは出迎えを受けて、その印象を大きく変えることになった。
長身の彼は、礼装の軍服を着て、毛皮の縁取りすらない簡素なマントを身につけていた。しかし、そのマントを飾るのは、大きな緑に輝く宝石を中心においた、見事な細工のマント留めだった。
さらには、歴代のエイノール国王が受け継いできた王冠が、その背をさらに高く見せている。堂々たる姿だった。
そして何よりも彼らを驚かせたのは、新国王に王位を簒奪された前国王の娘であるマリアーナがその隣にいたことである。
彼女が王妃にすえられたことは当然知られていたが、彼女が微笑みを浮かべて簒奪者である新国王と並び立っているのは予想外だったのだ。
彼女は精緻な刺繍が施されたドレスに、由緒があるに違いない宝飾品の数々を身につけている。それらは、もともと華やかな顔立ちの王妃を、より美しく見せていた。
国王夫妻は、その場で取り繕っているとは思えない、仲睦まじい様子で時に視線を交わしていた。
広間に案内された彼らは、そこでも始めは、その装飾が生花を中心としたやや豪華さに欠けるものだと思った。
しかし、彼らを案内する使用人たちの態度は礼儀にかなっていたし、供された料理の数々はもてなしとしては充分なものだった。
ただ、以前のエイノール王国に見られたような、王侯貴族らしい華美な様子がなりをひそめていただけだった。
王宮を警護する兵士たちは統制がとれ、立ち働く使用人たちは堅苦しくないのに礼儀正しかった。
この王宮の様子を見る限り、とても近いうちに国を維持できなくなるような脆さは感じられなかった。
そして、ベランク王国のユリウス王子と当時のマリアーナ王女の婚約は知られたことであり、それに関して遺恨があるはずの大国ベランクから王弟が来ていることで、両国の関係が悪いものではないとの印象を受けた。
ユリウス王子の事情を知らない彼らの中には、新国王とベランク王国の間に、何か密約でもあるのではないかと勘繰る者たちもいた。
平民出身の成り上がり者が王位に就いたのが、ベランク国王ら権力者たちの意向だとしたら、彼は強力な後ろ盾を持っているということになる。
彼らは、この可能性について、どのように自国の国王や女王に報告すべきか迷うことになった。
宴が終わった後、彼らは元は大貴族の屋敷だったという建物に分かれて、街中で過ごした。
彼らのほとんどは、乱れた様子のない街に、宴でも感じた、この国は盤石であるという印象を強めた。
彼らはその時に思い出した。多くの大領主だった大貴族たちがその地位を追われているというのに、王都にたどり着くまでに通過したどの地域でも、人々の生活が安定した様子だったことを。
そして、短期間の滞在の後、彼らは帰国の途についた。
中にはエイノール王国から国外追放された大貴族を連れて帰る国もあった。彼らは縁戚関係にある者を見捨てなかっただけなのか、それとも何か取引がされたのかは、当事者にしか分からないことである。
そうして、大陸を揺るがす力など持たないエイノール王国は、以前とは違った形で平穏を取り戻したのだった。
◆
時は宴の当日に遡る。
マリアーナはアルベルトと共に、各国の使節団を王宮から送り出した。そして、彼らを乗せた馬車が全て見えなくなってから、ほっと息をついた。
アルベルトが手を握ってきたので、彼を見上げると、そこには少しだけ心配そうに見える彼の顔があった。
「疲れたか?」
「ええ。少しだけ。でも、まだベランク王国の王弟殿下とお会いしなければいけませんものね。本当に私も一緒にいてよろしいの?」
「その方がいいだろうと思う。それにしても、あんたのおかげだな。この宴が滞りなく進んだのは」
「いいえ。ほんの少し意見を言わせていただいただけですから」
マリアーナも出席者たちの表情を見て、この宴の成功を確信したところだった。
マリアーナはアルベルトから、先ほど終わったばかりの宴への同席を、元将軍のカンナス伯爵とベランク王国のユリウス王子とが結託し、国王アルベルトを排除しようとした、あの事件の後に提案された。
それは宴までひと月もない時だった。どうして急に自分を出席させる気になったのか聞くと、彼は「あの時はまだ、あれで全て方がついて、危険が去るかは分からなかった」と答えた。
マリアーナは、おそらく自分がいた方が各国の使節団へよい印象を与えられるだろうと、宴への出席を決めた。
しかし、その後に問題が起こった。
マリアーナは、時間がないのと、アルベルトが礼装とはいえ軍服を着るのだと聞いて、自分も派手に着飾らない方がいいと考えた。
手持ちのドレスに装飾を足しただけで済ませたので、衣装の準備にはあまり時間がかからなかった。元のドレスが、素晴らしい刺繍を施されたものだったということもある。
そして、国家の持ち物である、王家に代々伝わる宝飾品を選び、身につけることにした。
ところがそれに反対した人物がいたのだ。
最低限の宝飾品は身につけて権威を示すべきだと言うマリアーナと、「旧王家の伝統を復活させるつもりか」と、それを非難するコクリー男爵らの間で意見が対立したのだ。
アルベルトは、マリアーナに宝石をもっと小ぶりなものに変えたらどうかと言ったし、自分も宝石類は一切身につけないと言うので、さすがにそれには意見せざるを得なかった。
「エイノールは変わったかも知れません。しかし、これからもこの国は周辺国と渡り合い続けなければなりません。周りは変わっていないのですから、その方たちから侮られない、格式のある装いをする必要があると思います」
マリアーナは、派手に着飾るべきだとは言っていない。
しかし、身につけている物の価値で、人からその格を判断されるのを知っているだけだ。特に、権威や財力を重んじる王侯貴族の間では。
ここには、マリアーナの他には外国の王族らと席を共にした経験を持つ者はいなかった。
しかし、コクリー男爵は譲らなかった。
「どの国とも友好的な関係を築いている。国境を接する国々のほとんどと不可侵条約も結んだ!」
「それは大変に意義のあることだと思います。ですが、私が読んだ戦に関する書物の中では、それはいとも簡単に破られてしまうものでした。その口実をわざわざ与える必要はないのではないかと申し上げているの。あなた方の苦労を無にしないためにも」
マリアーナの言葉に、マリアーナの元侍女の夫であるサイシオ子爵が「これは我らには判断のできない事柄でしょう。王妃様にお任せしては?」と口火を切ると、ちらほらと賛同者がでた。
最終的には、「宴の当日に我らが身につける装飾は王妃に一任する」というアルベルトの一言で決着したのだった。
しかし、問題は他にもあった。
この宴は、この国の新国王の権威と、政変が起こったが、この国は盤石であると諸外国に向けて示すためのものだ。
その分、お客人の数は多い。その点をマリアーナは気にした。その全員に失礼のないように接し、給仕をするのには、熟練の使用人が大勢必要なはずだ。
「使用人の教育は行き届いているのでしょうか。この国の変化を悪い方向に感じさせてはいけないかと」
アルベルトは、その件に関しては初めからマリアーナの意見を聞きたがった。
「平民出身の使用人は誰も解雇していない。路頭に迷う者があまり出てはいけないからな。以前の食事会ではどう感じた?」
「問題ありませんでした。あの者たちと同等の能力を持つ者がおりますのね?」
アルベルトは頷いて続けた。
「格上げされて、それまで貴族たちが担っていた他の地位に就いた者はいる。だから、人手不足だったんだ。その穴を埋めるために、大貴族たちの屋敷で雇われていたがその雇い主がいなくなってしまった者を、試験に通った者だけだが、雇い入れている。だから人数はいるはずだ」
「そうでしたか。では、作法の統一さえすればよろしいわね。家によって違いがありますから。一度全員を集めて、以前から王宮勤めをしている者に指導させるといいと思うのですけど」
「分かった」
そして、調理場の人員にも問題はないし、以前と同じ質の料理を提供できると聞いたところで、マリアーナが口を出すべきことはなくなった。
それよりも、マリアーナは王妃になってすぐに侍女たちに不満を持ってしまったことを改めて反省した。
彼女たちは、もともとは下女であり、貴族出身の侍女たちが解雇されたので、急遽その仕事を任されただけだったのだと、今になって知ったからだ。
そして、侍女に格上げされた下女たちが担っていた仕事をこなす人員が不足することになった。
それが、ヘンナからの注意に繋がったのだ。
宴の最中は、緊張を言葉や仕草や表情に一切出さなかったアルベルトが、「こんなにも面倒だとは思わなかった。あんたがいなかったら、このお披露目は失敗していたかもしれないな」と言ってくれる。
自分の、王族として身につけさせられた知識が少しでも役に立ったのならば、それはとてもうれしい。
マリアーナはこれからも、彼や国のために力を尽くせる人間でいようと心に決めたのだった。
つづく……




