24.不本意な再会
マリアーナは平静を装っていたけれど、内心は怯えていた。
本来は自分を守ってくれるはずの護衛のアークラが仲間を襲って、マリアーナをどこかへ連れ去ろうとしている。
しかも、以前からの知り合いだった司書のルスコもアークラの協力者のようだ。
二人について行くと、家族が囚われているはずの塔の方角に向かっているのに気づいた。大勢の兵士が交代で見張りをしているであろう場所だ。
しかし、兵士たちの行動範囲を知っているに違いない彼らが進む先に兵士の姿は見えない。兵士がいたからといって、マリアーナに味方してくれるとは限らないけれど。
彼らは塔のある辺りを通り過ぎ、いよいよ王宮の端に向かう。
「どこへ向かっているの……?」
「もうすぐ着きますよ。ご心配には及びません。我らはあなたの味方だ」
アークラはそう言って笑うけれど、彼はアルベルトを裏切っている。マウリを攻撃したのだから。
そう指摘すると彼は声を出して笑った。
「あなたは、おかしなことを言っている。いつからマウリがあなたの味方になったのですか? 陛下とあなたは本来、敵対関係にあったはずだ」
マリアーナは愕然として立ち止まった。しかし、後ろからルスコに押されて、すぐに歩き出さなくてはいけなかった。
確かに、アルベルトはマリアーナの父親から力ずくで王位を奪い、マリアーナを妃にした。
さらには、以前一度生きた人生では彼に犯されて、その翌日に彼の部下かもしれない人々に殺された。
でも今では、アルベルトを敵だとは思えない。彼に愛情を持ってしまったからだ。彼といると安心できるようになってしまったからだ。
「……あなたは国王陛下を愛しているのですか?」
前を向いたままの、背中しか見えないアークラにそう聞かれる。
まだ自分でそうとは認めていない。家族たちが無事に牢から出られるまでは、その気持ちは認められない。
マリアーナが、アークラに何と答えるべきか考えているうちに、目的の場所に着いたようだった。
アークラがある部屋の扉を、何度か区切りながら音楽でも奏でるように叩いた。内側から扉が開かれ、マリアーナはそこに入るように言われる。
そして、マリアーナは一番初めに目に飛び込んできた人物に驚愕した。
そこにいたのはマリアーナの元婚約者で、隣国ベランク王国の王子、ユリウスだった。
「ユリウス殿下……? なぜここに……?」
「やあ、マリアーナ。久しぶりだ。ようやく助けに来られたよ」
「助け……?」
戸惑いながら部屋の中を見回すと、その片隅にブラントを見つけて、またもや喉が詰まった。ブラントは目が合うと、困ったように笑った。
「ブラント……。なぜ……?」
「俺の母親はベランク人だったと言った覚えがありますが。以前からユリウス殿下とは懇意にさせてもらっていたのですよ。お会いするのは今回が初めてですけどね」
そのブラントのそばにユリウス王子が歩み寄って、彼の肩を親しげに叩く。
ユリウスは上品に着飾って、薄い茶色の長髪を後ろで束ねている。その青い瞳は優しく微笑んでいた。
「ブラントのおかげで王都どころか王宮にまで入ってこられた」
二人はユリウスの母語であるベランク語で会話を始めたが、マリアーナにはその内容がもちろん理解できる。『約束通り、そなたの母の家を再興させてやる』と聞き取れた。それに対してブラントは満面の笑みで頷き返している。
アルベルトの側近だと周囲から信用されていた二人がユリウス王子、ひいてはベランク王国と繋がっていたなんて、マリアーナはまだ信じられなかった。
ここにいる人たちを信じて行動すれば、この国から出て、ユリウス王子の元で暮らすことになるのだろうか。家族を救えるのだろうか。
でも「それでいいのか」と心の中の自分自身が叫んでいる。
その時、部屋の奥の扉から、また意外な人物が姿を現した。
アルベルトの義父であるカンナス伯爵だった。
カンナス伯爵は少し顔色が悪く見えた。でも、その顔に笑顔を貼り付けて、彼はマリアーナに対して深々と腰を折る。
「王妃様。お助けするのが遅くなり、申し訳ございません。ようやく準備が整ったのです」
マリアーナをここまで連れて来たアークラと司書のルスコが伯爵に対して頭を下げている。
伯爵の部下らしき、やや年齢が高めの兵士たちもいる。
そして、マリアーナはまたすぐに驚くことになった。囚われているはずの家族たちが姿を現したからだ。四人は、戸惑ったような表情をした父を先頭に、ゆっくりと部屋に入ってきた。
その周囲には、あまり若くない国軍の制服を着た兵士たちがいて、守られているように見えた。
「お父様、お母様、クリスティーナ、ガブリエルも……」
「マリアーナ! これで私たちはようやく、不当な扱いをする者たちの手の中から逃れられるわ!」
歓喜に満ちた母の声は弾んでいて、妹のクリスティーナも顔を輝かせている。その横では父と弟のガブリエルがどこか不安そうな顔をしていた。
本来は再会を喜び合うはずなのに、マリアーナは危機感を覚えていた。
ここは力強い味方が現れて家族を救い出してくれたと喜んで見せる場面なのかもしれない。
何も知らなければ、マリアーナもそうしたに違いない。
でも、マリアーナはカンナス伯爵が、革命を起こして国王の座に就いたアルベルトの背後にいたのだと知っている。
あの恐ろしい記憶の中で、マリアーナを殺した男たちはカンナス伯爵の名前を出していたから。
マリアーナは表情に出さないように気をつけながら「家族との再会を喜びたい」と彼らに告げた。
すると、家族たちがこちらにやってくる。まともに湯浴みも着替えもしていなかった四人からは異臭が漂ってきていたけれど、無事に再会できたのは、もちろんうれしい。
そして、「ご無事でしたか?」と母にこれまでの様子を聞きながら、さりげなく全員を壁際に誘導する。
マリアーナはそうして、家族をなるべく壁の方へ追いやると、全員を守るように前に立ちはだかった。怖かったけれど、今はそうするしかない。
カンナス伯爵の登場で、ユリウス王子のことも信じるわけにはいかなくなった。
「ユリウス殿下と伯爵は以前から連絡を取り合っておられたようですね」
マリアーナの声に、ユリウスが優しげに答える。
「君たち家族を助けるためにね。伯爵は、取り立ててやって、養子にまでした男に裏切られたんだよ。まったくひどい話だね」
彼はそう言いながら、上着の懐から小瓶を取り出した。
「残念ながら、今の状況では全員を無事に王宮から連れ出すことはできない。あの男に忠誠を誓う兵士たちに見つかってしまう可能性が高いんだ。そうなるとこちらの兵力では太刀打ちできない」
ユリウス王子は、その小瓶をマリアーナの手に握らせた。そしてそのまま両手を包み込むように、ユリウスに触れられ続ける。
それが、とても不快だった。
「後は君がこれをやつに飲ませればいい。あの卑しい簒奪者に」
「これは、毒なのかしら」
「そう。やつを殺せれば、この王宮は混乱する。その隙に全員を逃す。君の身は安全だ。アークラとブラントが君が疑われずに脱出できるように手筈を整えてくれる」
彼は「君はあの男を虜にしているのだろう? ワインにでも混ぜて飲ませるのは容易いはずだ」と言いながら、いやらしさを含む視線でマリアーナの体をなで回すように見てくる。
その視線が嫌で嫌で仕方がなかったし、彼がカンナス伯爵との関係を認めた以上、ユリウス王子の言う通りにすることは絶対にない。
マリアーナは彼の手に包まれている自分の手を、力を込めて引き抜いた。
毒の瓶を握りながら、どうしたらこの状況から抜け出せるのかを考える。
現状、家族を人質に取られているようなものだった。彼らの言う通りにしなければ、家族が何をされるか分からない。
もうユリウスの企みに見当はついていたけれど、改めて聞く。
「あなたが私たちを救ってくださった後、この国はどうなるの? お父様が王位を取り戻せるのかしら」
「ああ。マリアーナ。君はそんな心配はしなくていい。あの男がいなくなれば、王宮は混乱に落ち入る。その隙にベランク王国軍が動く」
ユリウスは役者かのように、大袈裟な身振りで腕を開きながら離し続ける。
「そうだね……。少し先になるだろうけど、君は私の妻として再びこの国の王妃にもなるだろう。ベランクに吸収されたこの国のね。ご家族は大公家としてベランク王国随一の貴族になる。これまでと変わらない暮らしを約束しよう!」
「なるほど。あなたはこの国を手に入れるために……」
「何か言ったかい? マリアーナ」
ユリウス王子は穏やかな笑顔を崩さない。それが不気味だ。
ユリウス王子は革命が起こるのを知っていて、それを利用してこの国までも手にしようとしていたのだと自ら認めた。本人にそのつもりはないのかも知れないけれど、マリアーナを確信させるには充分だった。
マリアーナがあの革命の日、馬車に乗るのを拒否し、この国から逃げないと言った時のベランク人の侍女や兵士たちのおかしな様子に、ようやく納得がいった。
彼らは明らかに革命が起きるのを知っていて、マリアーナを連れ去ろうとしていた。マリアーナがエイノール王国の王位継承権を持っているからだ。それをユリウス王子が欲したからだ。
マリアーナは部屋の中を見回した。カンナス伯爵は元将軍だし、その部下の面々も剣の達人なのだろう。
ユリウス王子は武器を持っていない。でも、彼の横にはブラントがいる。彼は若いけれど、アルベルトに実力を認められ信頼されていたはずだから間違いなく強い。アークラも同じだ。
司書のルスコは剣など握ったことのないような手をしている。でも、力で敵うわけがない。
逃げ道はない。
この毒の瓶を持ってアルベルトの元に行って真実を打ち明ければ、彼は信じてくれるだろうか。
でもきっと、アークラやブラントが見張りとして、マリアーナについてくるはずだ。
(やりようはあるはず。考えるのよ……!)
気持ちがくじけそうになる自分を何とか鼓舞する。
だが、まさにその時、扉の方から響いた破壊音に、マリアーナは咄嗟に体をかがめた。
そして、安堵のあまり泣きたくなった。
つづく……




