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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
死に戻った王妃と陰謀の正体

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23.事態が動く時(ほぼアルベルト視点)



 アルベルトは義父であるカンナス伯爵の元を訪れていた。マウリを連れて、酒臭い部屋に足を踏み入れる。

 義父はワインを何本も空けていた。あまり顔色がよくない。そして不機嫌そうな声を出す。


「国王家族……いや、今はお前が国王だったな。旧王家の面々は必要な者を除いて、お披露目の宴の前に始末しろと言ったはずだ」


「以前からご説明していますが、大貴族の当主は捕らえておりますが、それ以外の家人ら全てを管理できてはいません。私が彼らにも危害を加える兆候を見せれば、刃向かう者が出るかもしれません。ですから、旧王家の者たちは今は生かしておくべきです。王族が生かされている限り、自分たちも同じ扱いを受けると彼らは考えるでしょう」


 義父はまたワインをあおる。


「ここまで生ぬるい男だとは思わなかったぞ、アルベルト」


「私は最善を尽くしているだけです。現状、血を流すのは不利益が勝ると考えます」


 冷静にそう答えると義父は不機嫌そうに息を吐く。

 義父は選択を間違えたと思っているのかもしれない。


 かつてのアルベルトは、無情な戦いもいとわなかった。そうしなければ生き残れなかったからだ。

 強くて無慈悲で、さらには若くて学がなかった。さぞ操りやすく見えただろう。


 だが、あれから十年の月日が流れた。


 平民以下の傭兵から、平民の兵士になり、ついには貴族の養子になった。

 付き合う者の身分も変わり、彼らが何を考えて生きているのかも知るようになった。


 そして、何よりも仲間である部下たちへの責任の重みを心に刻むようになった。今ではそれが、このエイノール王国の民ら全てに広がっている。



 義父は時間や立場が人を変えるのを計算に入れていなかった。

 ちっぽけな傭兵を、自分で泥沼から引き上げたくせに、まだアルベルトがその中でもがいているとでも思っているのだろうか。


 義父は「もういい」と言って手を振った。アルベルトは義父の直属の部下たちのこちらを見る視線や、その姿勢から敵意を感じ取りつつ、うやうやしく頭を下げた。


 その時が近づいてきていた。



 ◆



 アルベルトはマウリを連れてそこからしばらく歩いた。この日は花畑を見に行くとマリアーナへの手紙に書いたからだ。


 遅くに仕事を終えて寝室に戻る時には、だいたい彼女は眠っている。アルベルトはその横で彼女が置いておいてくれた手紙を読む。

 こちらの語彙が増えたのを知っている彼女は、最近広がり続ける花畑についてよく手紙に書いていて、前から一度足を運ぼうと思っていた。そして、その時間が今日作れそうだったのだ。


 彼女の元に向かっている途中、マウリが唐突に言った。


「あのお姫様には何も知らせないのか?」


「……彼女は仲間じゃない……」


 それは本心だった。彼女が秘密を共有できる相手であるかは判断のしようがない。それを試す機会がなかったからだ。

 絶対に危険は冒せない。


 マウリは片眉を上げながら「まあ、そうだけどな」と、何やら言いたげな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。花畑と、そこで作業をしたり、寝転んでいる人々が見えてきたからだ。


「エンシオのやつ、サボってやがる。寝転んでいて護衛が務まるのか」


「後で注意しよう。マリアーナのそばにはアークラがいるし、この場所は危険は少ないが、あれはないな」



 花畑に着くと、マリアーナが水を運んでいた。こちらに気がつくと笑顔で空いている方の手を振ってくる。

 そして、辺りに水をまき始めた。


 アークラが手伝っているから、手を貸す必要はなさそうだった。

 アルベルトはそれが嫌だと思った。


「何を怒っているんです?」


 すぐそばで寝転がっているエンシオに言われて我に返る。せめてアルベルトが来た時くらいは立ち上がればいいものを、彼は気楽そうに笑っている。


 アルベルトは彼のその腹を、力を込めずに踏んづけながら言った。エンシオは抗議の声を上げるが、知ったことではない。


「何も怒ってなどいない」


「あのね。こっちはあの夜のことをブラントから全部聞いてるの。侍女たちだっておしゃべりだしね。そろそろ認めたらいいのに」


 マウリも面白そうな顔でこちらを見てくる。

 何について言われているのかは分かっていた。マリアーナに執着らしきものを持っていると思われているようだ。


 だが、アルベルトはマリアーナに対して不可思議な感情を持つにつれて、事態が落ち着いたら、こんな男からは彼女を解放してやるべきではないかと思い始めていた。

 子どもを一人産んでくれさえすれば。それとも、愛してもいない男の子でも、引き離すのは酷なことなのだろうか。家族の情を知らないアルベルトには判断がつかない。


 しかし、マリアーナは、彼女を利用することしか考えてこなかったような男ではなくて、旧王家に敬意を持って接する、彼女に相応しい男といる方が幸福だろう。

 だが、そう思うと同時に、彼女が他の男に艶かしい姿を見せているところを想像するだけで怒りが込み上がってくるのだから、始末に負えない。


 ぼんやりと眺めているうちに水まきは終わったらしい。


 スカートを短くなるようにくくったマリアーナがこちらに歩いてきた。

 そして、「本当に見に来てくださったのね」と言って微笑んだ。


 アルベルトはマリアーナの白くなめらかな頬が土で汚れているのに一瞬だけ見惚れた。


 それを指摘すると、マリアーナは「まあ、恥ずかしいわ」と言いながら輝かしいまでの笑顔を見せる。


 アルベルトは「終わったのなら、拭いたほうがいいだろう。執務室に帰るが、その近くの部屋に水を用意させる。寝室よりそこの方が近い」と彼女の腰に手を回した。


「あ、片付けがまだ……」


「エンシオ。休んでいた分は働けよ。しばらく来なくていい」


 今ではあぐらをかいて座っているエンシオにそう言って片付けを押し付けるが、彼は文句一つ言わず笑顔で手を振ってきた。



 先にマウリを走らせて、居間に水と布を用意させておいた。

 その部屋に着くなり、テーブルから椅子を引き出して、そこにマリアーナを座らせる。そして、「あなたがなさるの?」と言われながら、水に浸した布を絞って、その顔を拭う。

 マリアーナは「侍女を呼んでくださればいいのに」と戸惑った様子だ。自分でも、なぜこんなことをしているのか分からない。


 綺麗に拭き終わったと言うと、マリアーナは鏡を探して視線をさまよわせた。

 自分から視線が外れてしまったのが悔しい気がして、彼女の頬に触れて自分の方を向かせ、口づける。


 視線だけで抗議をしてきたが、マリアーナもそれをやめようとはしなかった。

 でも、すぐに我に返った顔をして、体を離されてしまった。


 それもそのはずで、扉の向こうは人が行き来している。

 国王の執務室に近いということは、官吏たちが働く場所にも近いということだ。


「……帰ります。私が一人でここにいたら、いい気持ちがしない方もいるでしょうから」


「そうか……」


 はっきりと帰ると言った彼女の顔からは、一瞬で扇情的な表情が消えた。




 部屋から出ると、呆れ顔のエンシオと笑顔のアークラがいた。

 マリアーナを預けて部屋に帰し、自分は執務室に向かった。

 こんなふうに離せなくなりそうなのに、でも、やはり彼女は幸福でいるべきだと思う。


 アルベルトは一つの所に長く留まった経験がない。

 だが、マリアーナは花を愛で、家族との時間をゆったりと過ごしているのが似合う気がする。


「俺じゃあ無理だろ?」


 アルベルトのつぶやきは小さすぎて誰の耳にも届かなかった。



 ◆



 マリアーナは、また護身用の武器を持ち歩くようになっている。以前に短剣を隠していた足首に、今は小刀をくくりつけているのだ。

 ハンカチを縫い合わせて自分で作った入れ物だから格好はよくない。小刀の大きさでなければうまく足首に止められなかっただろう。


 それでも、せっかく手に入れた武器だ。マリアーナに反感を持つだろう人が多くいる中で、身を守る物がないのは心細いから、それを持ち歩けるように工夫したのだ。

 いつも思い出すわけではなくなってきているけれど、何者かに殺されたあの記憶や、その時に襲いかかってきた恐怖心が完全に消えてくれたわけではない。



 彼と時間を過ごす時は穏やかで、大切なはずの家族の存在も霞んでしまう。

 マリアーナはこのままではいけないと、今日は彼が寝室に戻るのを待って、家族の処遇の改善を頼んでみようと心に決めた。


 もう革命の日から半年近くが経って、以前とは変わったところもあるけれど、王宮は秩序を取り戻しているように見える。

 今ならばアルベルトとその話ができる気がしていた。実現できるかは分からないけれど、話は聞いてくれるだろうと自然と思える。



 マリアーナがそんなことを考えていたら、扉がノックされる。いつも通りの時間だった。護衛たちが迎えに来てくれたので、図書館へ向かう。

 この日の護衛はマウリとアークラだった。図書館での作業はアークラがいると手伝ってもらえるので、とても助かる。


 マリアーナは図書館に着くとさっそく作業に取り掛かった。

 司書のルスコやアークラと一緒に、ルスコが修復した本についてメモしておいてくれたものを見ながら、丁寧に目録にそれを書き写していく。


 ふと、アークラが立ち上がった。マウリの方へ歩いていく。

 マリアーナは、彼が作業中に何も告げずにどこかへ行くなんて珍しいと思った。


 そして、次の瞬間、マリアーナは我が目を疑いながら、悲鳴をあげていた。

 アークラが、共にアルベルトを支える仲間であるマウリを攻撃したのだ。


 マウリは床に崩れ落ちた。血は出ていなかったけれど、意識はなさそうだ。そんな彼をアークラが縛り上げていく。


「なんで……?」


「あなた方のためですよ」


 恩着せがましいその言葉は、いつの間にかマリアーナのすぐ隣に立っていたルスコから発せられたものだった。


 マリアーナは、アークラが「ご家族を思うならば、我らについて来られるのがいいでしょう」と言うのに戦慄する。


 一体、何が起こっているのだろうか。



 マリアーナは彼らから殺意が感じられないのを確認すると、無駄な抵抗はやめた。

 それに、彼らはマリアーナの家族を引き合いに出した。何が起こっているのかを自分の目で確かめずにはいられない。


 マリアーナはアークラと司書のルスコに前後を挟まれて、図書館を出た。初めて使う裏口からだった。



つづく……

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