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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
愛するということ

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22.誰でもいいわけじゃない(ほぼアルベルト視点)



 その日、アルベルトは、このエイノール王国と国境を接し、かつて幾度も戦を繰り広げたシュルツレン王国からの使者を迎えていた。

 場所は王宮ではなく、相手国の近くに領地を持つ、義父のカンナス伯爵が将軍だった時代からの協力者の屋敷の居間だ。


 この話し合いは不可侵条約を結ぶためのものであり、すでに何度も使者同士で協議が行われてきた。

 今、目の前のテーブルでは両国の担当者同士が最終的な条約の文面を読み合わせ、サインをしようとしているところだった。



 アルベルトは直立不動で正面を向き、その様子を目の端にとらえていた。

 誰もこちらを見ていない。シュルツレン王国の使者の一団は、ここにエイノール王国の国王がいるとは知らないのだ。

 

 アルベルトは側近のブラントと共に、他の兵士たちと同じ格好をしている。

 儀礼の場ということで、兵士たちは兜を被っている。ほとんど顔は見えない。

 とはいえ、ここでアルベルトが兜を取ったところで誰も国王だなんて思わないだろう。背は比較的高いとはいえ、顔立ちに特徴もなければ、体格も他の兵士たちとさほど変わらない。



 やがて、条約の締結に関する一連の作業は全て終わった。

 エイノール王国側の責任者であるサイシオ子爵がシュルツレン王国の使者を見送る。シュルツレンも護衛兵を連れてきているが、国境まではエイノール王国軍の一団が護衛をすることになっていた。


 じきに行われるエイノールの新国王のお披露目には、もちろんシュルツレンの王族が出席する。しかし、彼らは秘密裏に結ばれたこの条約の締結の場に、当のエイノール国王がいたことは知らない。



 彼らが走り去り、姿が見えなくなると、アルベルトは誰を気にするでもなく足早に屋敷の中に戻った。その後をブラントとサイシオ子爵が追ってくる。


 居間では、この屋敷の持ち主であるタンベレ子爵がアルベルトを待ち構えていた。

 アルベルトは兜を脱いで、協力者であるタンベレ子爵に礼を言い、条約締結の功労者であるサイシオ子爵を労う。

 

「陛下がいらっしゃるのを悟られまいかと、このタンベレ、大変気を揉みました」


「私も驚きましたよ。王都を出発して半日以上経ってから陛下の姿を兵士たちの中に発見した時は」


「私がいたことは他言無用だ。他国とも条約締結交渉をしているが、全てに出向けるわけではない。ここはまだ近いからな」


 近いとはいえ、どんなに急いでも王都からここまで来るには馬を一日走らせなければならない。

 今回は官吏たちを乗せた馬車を連れているため速度を落とさざるを得ず、途中で一泊する必要がある。

 

 時間がないアルベルトは、今夜このタンベレ子爵邸で一泊した後はブラントら少数の部下を連れ、サイシオ子爵らとは別行動をとる予定でいる。そうすれば、途中で泊まる必要はなく、明日の夕方には王都に着ける。


 行きはサイシオ子爵たちに速度を合わせ、宿で一泊したため、結局は三日ほど王都を空けることになった。

 これを頻繁にはできない。まだアルベルトの治世は完全に安定しているとは言えないからだ。



 そのような事情から、明日の朝までこの屋敷に滞在するアルベルトは、タンベレ子爵の歓迎を受ける羽目になった。

 エイノール王国の代表団であるサイシオ子爵たちの滞在が以前から決まっていたために晩餐が準備されており、そこに参加させられたのだ。


 アルベルトは使用人たちに正体を悟られないため、体型に合わない官吏らしい服装に着替えた。それが、どうにも落ち着かない。

 そして何よりも、アルベルトの席を用意するために晩餐の参加者から除外されてしまった若手の官吏が気の毒だった。彼は予備の軍服を着せられている。



 晩餐の席でのタンベレ子爵は饒舌だった。

 タンベレは義父の代から、その革命思想に共感していた人物だ。義父に忠誠を誓い、少ないながらも支援していた。

 義父が捕えられ、アルベルトが王位に就くと、わざわざ新国王を全面的に支持すると念書を寄越した。どうあっても、これまで投資した分は取り返したかったのだろうとアルベルトは思っている。


 この男はアルベルトがカンナス伯爵を抑えて込んでいると思っている。しかし、それは間違いだ。

 義父のカンナス伯爵には定期的な状況報告を今も続けている。帰ってからもまた報告に行かなければならない。

 だが今はまだ仕方のないことだ。それは、もうすぐ終わらせる。その時が近づいてきていた。




 ここでの用事は全て済んで、あとは一晩の宿として部屋を借りるだけになった。

 アルベルトが屋敷内を案内される最中も、連れてきたブラントは抜かりなく危険がないか周囲を確認している。

 だが彼はアルベルトの寝室だと案内された部屋の扉を開けて立ち尽くした。

 ブラント越しにアルベルトが中をのぞくと、そこには自分と同じ年頃の女がいた。

 そこに、タンベレ子爵が近づいて来て耳打ちする。


「我が家の長女でございます。陛下のお世話をさせていただきます。ああ、歳はいっておりますが、嫁いだ先で年上だった夫が亡くなりましてな。もし、お気に入れば王都にお連れくださっても問題ございません。では、また明朝」


 ブラントと顔を見合わせるが、彼は何も言わずに出て行った。

 こうしたもてなしは、ままあるものだ。取り入ろうとしてくる者たちは何でも使う。娘でも、場合によっては妻でも。


 アルベルトは、さてどうしようかと思った。

 目の前にいる金髪を長く垂らした女は、蠱惑的な見た目をしている。露出の多い下着のようなドレスを着ているが、その胸を強調するように腕を寄せていた。

 その笑顔はこちらの欲望を全て知っていると言いたげだ。


 理由もなく追い返すのはこの場合得策ではない。もてなしを拒絶したと取られても面倒だからだ。

 抱けないわけではない。そうしても問題はないだろう。子を作らないようにさえすれば。

 しかし、この女の金髪は、いつも腕の中で眠る存在を思い起こさせる。


 表情を変えないアルベルトにも臆さずに、その女はゆっくりと近づいてきた。


「お好きにしてくださっていいのですよ?」


 何やら甘い言葉を吐きながら首に腕を回される。その金髪を見つめていた時、ふとその女の香水の匂いが鼻をかすめた。嫌に甘ったるい。

 

 アルベルトはその時、「これは違う」とはっきりと思った。気づいた時には、その女を自分から引き剥がしていた。

 女は鼻白んだようだった。でもすぐにまた、あの誘惑するような笑顔を浮かべる。その顔に拒否感が増す。


 この、媚びてくるばかりの女には短剣など贈らない。あの、意思の強そうな瞳しか欲しくない。



 もうどう思われてもいいと、アルベルトが女に出ていくように言おうとした時だった。

 女は「陛下……? 何か心配事がおありですか? 私は誰にも告げ口をしたりは致しませんよ?」と言った。


 アルベルトはこの女を追い出す口実を見つけた。おそらく笑っていただろう。


 扉に向かってブラントを呼ぶと、瞬時に彼が姿を現した。タンベレ子爵を呼ぶように言う間もなく、子爵も顔を出す。

 娘の首尾を確認するために近くで待機していたのだろう。その醜悪さに吐き気がする。


「タンベレ子爵。私は使用人にも家族にも、誰にも、私の正体を明かさないように言ったはずだ。だが、そなたの娘は私を『陛下』と呼んだぞ?」


「おお。私としたことが……。陛下に失礼がないようにと、その一心で……」


「ほう。私のためにか。では今回は見逃そう。娘にはしっかりと口止めをしておけ」


 やや顔色を悪くした子爵も、どこか不満そうな表情の女も部屋から出て行った。

 だが、不快な残り香はしばらくこの部屋から消えてくれそうにない。


 アルベルトはマリアーナの香りを嗅ぎたいと思った。

 もう夜だ。彼女は寝る支度をしている頃だろうか。


「ブラント、軍服は?」


「あんたの? そこに運ばせたよ。……って、何で着替えるのさ! あの女もいなくなったんだし、ゆっくり眠れるだろう?」


「一人で王宮に帰る」


「は? いつ……? まさか、今から!?」


 アルベルトは頷きながら手を素早く動かし続けた。軍服を着終わると剣と短剣をベルトに固定し、マントを羽織る。

 傭兵時代からの、いつ場所を変えると言われるか分からない生活の中で、支度を早くするのは当然だったし、大切な物を全て身につけておくのもそうだった。ようやく自分の服を着れて安心する。


「仕方ないな……。俺も付き合うよ」


「ブラント、お前には兵を任せる。ちゃんと明日の夜には帰ってこいよ?」


「ちょっ、アルベルト!」


 玄関に向かうが、使用人たちはこちらをさして気にしていない。アルベルトの正体を知らずに、ついて来ているブラントと二人、ただの兵士だと思われているのだろう。

 アルベルトが馬を連れて厩舎から出ると、ブラントが腕を組んで立ち塞がっていた。


「アルベルト。止めないから、せめて一人くらい連れて行ってくれ」


「俺に遅れずについて来られるやつがいるのか?」


「…………くそが!」


 ブラントは悪態をつきながらも、アルベルトが他の兵士たちの統率を改めて命じると「分かったよ」と諦めた顔をして道を開けた。


「……アルベルト、変わったね。そんなにあのお姫様を?」


 アルベルトは何と答えればいいのか分からずに馬に飛び乗った。馬をゆっくりと加速させ、王都に向かって風を切る。後ろは振り返らなかった。



 夜が明けがせまる頃、アルベルトは王宮にたどり着いた。



 ◆



 マリアーナは、かすかに聞こえた物音に目を覚ました。部屋は暗く、何も見えない。


 一昨日からアルベルトが留守にしている。あの温もりがなくて不安にかられたマリアーナは、夜中に何度も目を覚ましてしまっていた。

 そして、今の不審な物音に完全に覚醒して、枕の下に隠した小刀を握りしめる。そうしながらも、自分を殺しにきたのかもしれない人の気配に体中で怯えていた。


 暗闇の中で物音が近づいてきて、いよいよ小刀を鞘から抜こうとした時、その音は聞き覚えのあるものに変わった。

 服を脱ぎ、剣を置く音がする。剣は一つではない。カタカタと鞘同士がぶつかり合う。

 まさか、と思いながらマリアーナは声をかけた。

 

「……アルベルト……?」


「起こしたか。悪いな」


 彼の声が近づいてくると、ベッドがきしむ。慌てて小刀を枕の下に押し込んだ瞬間、彼の腕に抱きしめられた。

 光がない中で、探るように体をなでられる。少しすると、彼はいつもそうするように、マリアーナの首元に頭をつける格好で体を包み込んだ。


 でも、なぜ彼がここにいるのだろうか。まだ夜明け前ではないのだろうか。帰るのはこの日の夕方か夜だと聞いている。


「アルベルト、もうお着きになったの? 夜中に馬を走らせたのね。体が冷たいわ」


「ああ。悪いが温めてくれ。今日はただでさえ寒いのに、馬に速度を出させると凍えるかと思うぞ」


「……なぜ寒い思いをしてまで……。予定が変わったのですか?」


「予定は変わっていない。俺以外は今日の夜か、明日にはそれぞれ帰ってくる」


 マリアーナはそう言われても戸惑うばかりだ。なぜ彼だけが先に帰ってきたのだろうか。

 アルベルトにそう聞くけれど、彼は答えずにマリアーナの首筋に顔を埋めている。


 やがて彼は「一人は嫌だと言っていただろう?」とつぶやいた。

 マリアーナが先日言ったのを気にして、急いで帰ってきてくれたのだろうか。そう思うと胸がじんわりと温かくなる。


 表情は見えないけれど、アルベルトの唇はマリアーナの首元に寄せられていて、その髪の毛がときおり、すりすりとマリアーナの肌に触れる。まるで甘えられてでもいるようだった。


 暗くて見えないせいで、そんな彼の様子が想像されて、マリアーナは彼を可愛らしいと思ってしまった。

 弟が泣いている時にしてやったように、彼の髪をなでる。

 一蹴されるかもしれないと思いつつもマリアーナは彼に聞かずにはいられなかった。


「私のために帰ってきてくださったの……?」


「……自分のためだ。眠れそうになくて」


 彼はどこか不貞腐れたように言う。でもそれは、マリアーナの横でなら眠れるのだと言われたも同然だ。

 不思議と目元が熱くなる。


「……私も寂しくて、心細くて、よく眠れていなかったの……」

 

 素直な言葉が口元からこぼれ落ちてしまった時、急に動いた彼に唇をふさがれた。彼の舌が割り入ってきて、マリアーナの舌を絡めとる。

 その、お互いを直接の味わう甘やかさに思考が全て消え失せてしまいそうだった。


「抱いてしまいたいな……」


「え、あの、もうすぐ朝で……」


「分かっている……。それに、さすがにそんな元気はない……」


 そうだった。彼はこの場所で、自分のそばで眠るために夜通し馬を走らせて帰ってきてくれたのだ。

 マリアーナはアルベルトの頭を抱き込んで、ゆっくりとなでた。


「少し眠ってください」


 そう声をかけたけれど反応はない。それでも髪をなで続けると、やがて規則的な寝息が聞こえてきた。


 なんて幸せなのだろうとマリアーナは思った。

 胸が温かくて、涙が止まらない。


 マリアーナは日が昇るまで、彼を抱きしめ続けた。



 ◆



 アルベルト・カンナス将軍が王女と婚姻を結び、玉座に就いてからしばらくした頃、そのお披露目のために他国から要人が招かれるとの触れ書きが街のあちらこちらに張り出された。


 街は外国からの客人に品物を売ろうと活気づき、王宮内は宴の準備に追われていた。


 

 王妃であるマリアーナは、いつも通り図書館や花畑にいた。

 

 彼女は、かつての婚約者がすぐ近くまでやって来ているのを、まだ知らなかった。



つづく……

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