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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
愛するということ

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21.これは愛とは違うもの



 二人きりになった部屋の中で、冷静になると気恥ずかしくなってくる。なんであんなに慌てていたのだろうか。

 マリアーナは、またしてもすべきではない行動をとってしまったと後悔した。


 でも、やはり彼の隣に何人もの女性の影が見える気がして、チリチリと胸が痛む。


「どうした? わざわざ手紙を持って来たのか?」


 マリアーナはペンは置いて来たのに、手紙は持って来てしまっていた。書きかけのそれは後ろに隠す。


「あ……。側妃を迎えるらしいとお聞きしまして。でもあなた様に必要なのは、王家の血で、私さえいればよくて……。だから、そんな者は必要がないと、思って……」


「……側妃? 誰から聞いたか知らんが、噂だろう?」


 マリアーナは力無く頷いた。本当にただの噂話だった。それに、彼がどのような選択をしようとも、自分に口を出す権利はない。それなのに……。


「まあいい。ちょうど休憩が欲しいと思っていたんだ。あいつら、俺がそう言っても、急ぎだなんだと解放しない」


 マリアーナは三人掛けのソファに移動したアルベルトに隣に座るように言われて、おずおずとそこに腰掛けた。


「すぐに出ていきますから……。なんでここまで来てしまったのか。私にもよく分からなくて……。いえ、でも私は今は冷静ですので、ですから……」

 

 アルベルトはマリアーナの手から、握ってしまって半分くしゃくしゃになった便箋を取り上げた。


「……王宮に多くの人間が集まるのが嫌か?」


 彼は手紙の内容が外国からのお客人がどれほど来るのか、という内容なのを読み取って、そう考えたようだった。

 でも、それはマリアーナが気になったことではない。


 マリアーナは早くこの部屋を出ようと思った。何かおかしなことを口走ってしまう前に。 

 ところが、気づいた時には横に座っている彼に引き寄せられていた。腰に手を回されてしまっては、立ち上がることさえできない。


「側妃がどうのと言っていたな。一瞬嫉妬でもされたかと思ったが……」


「嫉妬……?」


 マリアーナはそんなものは言葉でしか知らなかった。自分の感情を制御できなくなったのは、その嫉妬のせいなのだろうか。でも、何に嫉妬したのか分からない。頭の中で言葉と感情が繋がらないのだ。


 マリアーナは助けを求めるようにアルベルトを見た。その意味を教えて欲しかった。

 見つめる先にある彼の茶色の瞳も戸惑いに揺れているようだった。



 彼はマリアーナの頬に触れた。マリアーナも彼がしたのと同じように彼の頬に触れる。


 彼の顔が近づいてくるのも分かったし、口づけられたのも分かった。

 それに恐る恐る応えると、それがより深いものになる。


 舌が差し込まれてきて、それを舐め返すと、彼はマリアーナの歯列をなぞるようにする。マリアーナは彼の首に腕を回して、自分からも彼を味わった。

 それは頭の中をしびれさせる。甘くて、気持ちがよくて、ずっとこうしていたいと思ってしまう。


 そして、そうしながら、自分はアルベルト自身が欲しいのだと気づいた。自分が何に嫉妬したのかも分かってしまった。


 息継ぎも苦しくなってきて、どちらともなく顔を離す。

 目が離せなくて見つめ合っていると、目を閉じた彼にまた口づけられる。でも、それが心を湧き立たせ、彼がもっともっと欲しくなる。


 この時だけは自分自身が彼に必要とされているように思えた。



 ◆



 何度も口づけては見つめ合ってを繰り返していた時に、柱時計が音を立てるのが聞こえて我に返る。

 どれだけの時間、こうしていたのだろうか。

 マリアーナは少しだけ顔を離して彼に言った。


「もう、戻らなくては……」


「まだ……平気だろう」


「あなたもお仕事の途中です」


 そう言っているのに、なぜかアルベルトはマリアーナの体に回した手を緩めようとしない。彼は少し顔を傾けてこちらの顔をのぞき込んでくる。


「話はいいのか?」


 そこでマリアーナは、彼に「嫉妬されているのかと思った」と言われたのを思い出した。でも、何と答えたらいいのだろうか。


「あ、違います。あの、私に口を出す権利はありませんし、それに……」


 言いかけたところで唇に指を当てられる。話すのをやめると、彼はどこかバツの悪そうな声を出した。


「あんただけだ……。側妃なんておくつもりはない。混乱が起こるのはごめんだ」


「……本当ですか?」


「安心しろ。あんたを蔑ろにはしない」


 彼は、マリアーナが王妃としての自分を蔑ろにされると考えて慌てていると思ったらしい。

 でも、今の気持ちがそれとは違うものなのだと、もう分かってしまった。

 彼を独り占めしたいのだ。誰にも渡したくない。


「今日は寝室にはいつ頃来られそうですか?」


「……なぜだ?」


「……寂しくて……」


 マリアーナは顔から火が出そうだった。

 でも、いつ殺されるかも分からない日々の中で、アルベルトの腕の中にいる時はとても安心できる。

 そして今は、その腕の中は自分だけのものだと思わせて欲しかった。


「心細かったのか? いつも一人きりで」


 マリアーナは、彼の言う通りだと思った。心細くて、安心させてくれるアルベルトに近くにいて欲しいのだ。そして、そんな彼をいつの間にか独占したくなってしまったのだ。


 マリアーナは小さく頷いた。


「そうか」


 アルベルトは翌朝、食事をとるまで一緒にいてくれると言った。


「では、戻ります。お騒がせしたのを皆様に詫びておいていただけますか?」


「分かった」


 彼は立ち上がったマリアーナについて来て、扉を開けようとした時にまた口づけてきた。

 マリアーナは早く出なければと思うのに、彼から離れたくなかった。そうして、またしばらくお互いを味わっていた。



 マリアーナはアルベルトの手で護衛の二人に引き渡された。

 きっと顔が赤かったのではないかと思う。でも護衛の二人はいつも通り何も言わなかった。


 部屋に戻ると侍女長のヘンナが一人、心配そうな顔でマリアーナを待っていた。


「王妃様。急いで出て行かれて、陛下にお会いになられたと聞きました。何か不手際がございましたか?」


「不手際……。そうね。そうなのかもしれないわ」


「王妃様……? いったい……」


 マリアーナはヘンナの顔を見て、かつて心を隠さないで暮らせていた頃に戻った気がした。

 目からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。もう子どもではないのだからと、マリアーナはドレスのスカートを両手それぞれで握りしめて、なんとか涙を止めようとした。でも、できなかった。


「彼が怖い。全てを変えた人だもの。でも、そばにいて欲しくて、誰にも渡したくないの……」


「王妃様……」


 ヘンナは優しく背中を撫でてくれた。


「巡り合わせとは不思議なものでございます。思いがけない出会いもございましょう。不本意な別れもございましょう。ですが、だからこそ貴重なものと存じます」


 マリアーナはその言葉に、「では出会い方が違ったら」と思ってしまった。

 ただの貴族の娘と、ただの軍人として出会えていたら、こんなに心が引き裂かれるような痛みに苦しまなくてもよかったのだろうか。


「……愛しておいでですか」


 ヘンナの声は同情するようでもあり、期待に満ちているようでもあった。


 でも、家族を元のような安全な暮らしに戻すまで、彼を心の中にまで受け入れることはできない。

 彼は彼自身の目的のためにマリアーナを殺すかもしれないから。


「……違うわ。愛しているわけじゃない。彼にそばにいて欲しいだけ。きっと、愛とは違うものなのよ」


 マリアーナはそう言いながらも、流れ出る涙を止められなかった。



 ◆



 アルベルトは意識が浮上したのを感じると、瞬時に覚醒した。これは昔からの癖だ。戦場暮らしが長すぎて、そうでなくなってからも、この癖は抜けない。


 腕の中には穏やかな顔で眠るマリアーナがいた。


 昨日、彼女が執務室へやって来た時には何事かと思ったが、王宮が変わっていく中で心細さを感じているようだった。

 

 マリアーナはどうやら自分に依存するようになったらしい。

 彼女の心を自分のものにして、都合のいいように操るのは、義父のカンナス伯爵にそうしろと言われていたことだ。

 おそらく、彼女は寂しさの中でアルベルトに依存している。側妃は必要ないと、嫉妬をあらわに訴えずにはいられないくらいには。


 それは目論見通りになっただけだ。

 それなのに、マリアーナは守らなくてはいけない者のように思える。それは何か禁忌を犯しているようにすら思えた。


 なぜ部下たちに感じるのとは明らかに違う感情に支配されているのだろうか。


「んっ……」


 マリアーナが体勢を変えて、こちらを向いた。そして、胸元に潜り込むように体を密着させてくる。

 アルベルト何度も深呼吸をした。息が苦しかったからだ。


「ん……アルベルト……?」


「マリアーナ。まだ寝ていていいぞ」


「まだ行かないで……」


「ああ。朝食を一緒に食べると約束した」


 寝ぼけているらしいマリアーナは、ふわふわとした笑みを浮かべる。そして、何度か眠気にあらがう様子を見せてから、またまぶたを閉じた。

 その様子に胸まで苦しくなる。


 マリアーナは、利用するだけの存在のはずだ。それなのに、マリアーナを見ていると、その時に無慈悲に行動できるのか不安になる。


 アルベルトは心に蓋をした。それは得意だ。誰も信じられないのだから、そうする必要があった。これも昔からの癖のようなものだ。


 そうしてから、ようやく安心したアルベルトは、彼女の首元に唇を寄せた。いつも同じ、花のような香りがした。



つづく……

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