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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
落ちぶれ王妃と成り上がり国王

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15/31

15.落ちぶれ王妃の失敗



 マリアーナはすっと立ち上がった。

 理性は「やめておけ」と言っている。国王の忠臣と王妃が対立するなんて、絶対にしてはいけない。


 でも先日、あの塔の中で目にした妹や弟の置かれた状況を思い出してしまった。

 そして、あの恐ろしい記憶にある事態が起こらないように、恐れながらも立ち向かおうとしてきた日々の辛さも。


 それらは自分でも気づかないうちに、マリアーナの心をすり減らしていたようだった。

 ここで、王族としての誇りまで捨ててしまったら、もうどう生きていけばいいのか分からない。


「私は王族として生まれ、そうあれと育てられました。何が贅沢なのかも、他の方々がどんな暮らしをしているのかも考えていませんでした。それが愚かだとおっしゃるのならば、私は愚か者なのでしょう。でも、だからと言って他人の人生そのものを否定するのは、あさましい態度ではないのかしら」

 

 言わなければよかったのに、と自分自身に(たしな)められる。でも、彼らの反感を買って、あの記憶の中のように殺されることになってもいいと、冷静さなど失っているマリアーナは思ってしまった。


「妹と弟は今、湯浴みも充分にできず、藁の上で寝ているわ。私にもそうしろと言うなら、あの子たちと暮らします。それでご満足いただける?」


 自分が、この変わってしまった王宮の中で異分子なのは知っている。でも、もう言われっぱなしでいるのには耐えられなかった。


 マリアーナと男爵は睨み合っていた。他の誰も声を発しない。

 でも、こちらに向く無数の視線はどこまでも冷たく、針を突き刺されているかのようだった。


 この状況を終わらせる方法も分からず、マリアーナの手が震え始めた頃、やや苛立ちをにじませた低い声が響いた。


「そこまでだ」


 アルベルトの言葉を聞いた瞬間、マリアーナは左肩を下に押され、いつの間にか椅子に腰掛けていた。

 肩に置かれた大きな手の持ち主を見上げると、その冷たい茶色の瞳と目が合う。彼はいつの間にか立ち上がっていた。


「ここには旧王家から優遇されない立場にいた者しかいない。平民出身の者も多い。あんたには想像もできないような飢えに苦しんだ者もいるかもしれない。それを分かった上での発言か」


「はい」


「そうか。では、これ以上話をするのは時間の無駄だ。エンシオ、ブラント。王妃を部屋まで護衛しろ」


 彼はそれだけ言うと、軽くマリアーナの左肩をつかんでから、手を離した。その温もりはすぐに消えた。



 アルベルトは部屋を出て行き、護衛の二人を残した全員が彼の後を追う。

 マリアーナは真っ直ぐ前を向きながら、うとましさや戸惑いや呆れのこもった視線を受け止め続けた。



 ◆



 アルベルトや官吏たちが去り、三人だけになると、マリアーナは立ち上がって護衛たちの方を見た。


「護衛はいらないわ。殺されたとしても構わないから」


 マリアーナは投げやりな気分でそう吐き捨てた。二人からも嫌な人間だと思われただろう。いや、初めからそう思われていたのだろうから関係ない。


 エンシオは無表情でこちらを見ていて口を開かない。

 その代わり、いつも自分からはほとんど発言しない若いブラントが、この場にはふさわしくない、穏やかな顔と声で言った。


「護衛はしますよ。あの人に命じられたし、あなたにはまだ務めを果たしてもらわなければいけない。死なれたら困る」


 マリアーナは思わず彼を睨みつけてしまった。王家の血だけに価値があるのだと、侮辱の意味でそう言われたと思ったのだ。

 でも、ブラントは困ったように笑った。


「あなたを見ていると、母を思い出しますね」


「……どういう意味かしら」


「俺の母親は、ベランクで何かをやらかした、あっちの国の貴族の娘だったらしいんですよ。で、この国に家族と逃げてきた。でも生活は苦しくて。平民だけどまあまあ成功していて、金を援助してくれる男に花嫁として差し出されたわけです」


 マリアーナはそれを聞いて、少し頭が冷えた気がした。彼は静かに続けた。


「分かる気はしますよ。別に王女として生まれたのはあなたのせいじゃない。でも、それが原因で衝突を生むのは、うちの王様にとってはいいことじゃない。母親も貴族としての矜持があるとか言って、父親とよく揉めていましたよ。幼い頃は何で二人はこんなに仲が悪いのかと思っていましたが、ある時気づきました。この二人は生まれも、育った場所も、生きてきた環境も、何もかもが違うんだってね。分かり合うのなんて無理なんだろうって」


 何も言葉を返せないマリアーナに、彼は「母親のそばは居心地が悪くて、早々に家を出ましたよ」と笑う。

 

 マリアーナはブラントの話を聞いて、ほんの少しでも自分を理解してくれる人がいたと、気を抜いていた。


 でも、それまで黙っていたエンシオが話し出すと、部屋の空気が冷たくなった気がした。


「コクリー男爵だって、あんたと同じ人種だ。笑えるね」


 エンシオは笑顔だった。でもその顔はいつもとは違った。彼の笑うと隠れてしまう瞳が見えている。

 今にも剣を抜いて振り回すのではないかと思うほど、冷ややかな笑顔だった。


「あいつだって知らないだろ? 自分たちの土地が戦場になっちまって、畑を荒らされて飢えに苦しむ農民たちの悲惨さなんて」


 彼は淡々と語る。兵士や傭兵たちの略奪にあい、全てを奪われ、犯され、殺された人々のことを。孤児になって、目をぎらつかせて集団で盗みを働く子どもたちのことを。


「俺は傭兵団の奴らに目の前で母親と姉貴を犯されて殺されて。で、働き手にちょうどいいと、そのまま傭兵団で働かされた。まあ、あの時母と姉を殺した奴らは、何年か後に戦いの最中にどさくさに紛れて殺したんだけど。アルベルトも協力してくれたよ。さすがに一人で、敵も相手にしながら何人も()るのは難しかったから」


 マリアーナはたった今聞いたことを咀嚼しきれなかった。でも一つだけ聞きたいことがあった。


「アルベルトも……傭兵だったの……?」


「ああ。あの人に目をつけたカンナス伯爵がただの平民ってことにして、軍籍に入れたけどね。俺も、マウリもそう」


 エンシオは話し終わると少し後ろを向いていた。そして気を取り直したように大きく息を吐くと、またいつもの笑顔でこちらを向いた。


「俺たちはそんなふうに生きてきたんだよ、王女様。あんたたちが手を汚さなくていいように。きっと何も分かりはしないだろう。俺たちが踏みにじられたままではいないと、どれほどの覚悟を決めて、ここまできたのかは」


 エンシオはマリアーナのすぐ前に立った。


「あんたにあの人の邪魔はさせない。もし、あんたが余計な真似をしたら……」


 彼はそこまでしか声に出さなかった。でも、口の形だけで「殺してやる」と言われたと分かった。




 マリアーナは彼らに付き従われて部屋に戻る途中で、あの記憶の中でマリアーナを殺した男たちの中にエンシオもいたのかもしれないと気づいてしまった。


 そう思うと、もう殺されてもいいと思っていたはずなのに、死への恐怖に襲われる。

 無事に部屋に帰り着いて扉を閉めると、一人、床にへたり込んだ。


 そんな情けない自分を笑いながらマリアーナは泣いた。涙がドレスや絨毯を濡らしていく。


 大勢の前で本音を口にしたのは失敗だった。変えようとした運命を、元に戻してしまったかもしれない。

 でも、自分にだって誇りがある。それは無視できなかった。


「ごめんなさい……」


 それは、救い出せなくなってしまったかもしれない家族に対しての言葉でもあり、これまで知らずに傷つけてしまっていた人たちへの言葉でもあった。



つづく……

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