14.落ちぶれ王妃の誇り
マリアーナはマウリとエンシオに案内されて、その食堂に向かった。
王宮内には大食堂の他にも、用途に合わせた大きさの違う食堂がいくつもある。
この日使われていたのは、数十人が着席できる、小ぶりな部屋だった。マリアーナは、この部屋で家族や親戚を集めた宴席が行われていた頃を思い出した。
マリアーナは腰に切り替えのある、飾りの少ない淡いピンクのドレスに、小さな宝石を連ねたネックレスと、揃いのイヤリングだけを付けてきた。
髪を結い上げてはいるものの、飾りはない。
これは、侍女長から、巷では王家の贅沢三昧に反感をもたれていたのだと言われたのに配慮して選んだ装いだった。
マリアーナは今まで生きてきて、贅沢をしていると思ったことはなかった。無駄にドレスを作らせはしなかったし、宝飾品もたまにしか新調しなかったからだ。
だから不思議に思って、あれから図書館で宝石の希少性と値段、そして庶民が一日に稼ぐ金額を、商家の出である司書のルスコに教えてもらった。
そこで知ったのは、驚くべきことだった。
王家に代々伝わる宝飾品一つが、何百人という人が一生稼ぐお金を足しても到底買えない物だという事実に、マリアーナの手は震えた。
計算結果に納得できなくて、何度も計算をし直した。でも、答えはいつも同じだった。
マリアーナは食堂に足を踏み入れた瞬間、周囲を見渡して、内心で安堵のため息をついた。
もう十名ほどがやって来ていたけれど、彼らも華美に着飾ってはいない。マリアーナがもっと煌びやかなドレスや宝石を選んでいたら、この場で浮いてしまっていただろう。
そこで、マリアーナは思わぬ人と再会した。
マリアーナの親友で元侍女でもあったセシリアの夫、クスター・サイシオ子爵の姿があったのだ。
彼らの結婚式の日に革命が起こった。彼と会うのは、彼らの結婚式で二人に挨拶をされた時以来だった。
まだあれから、それほど時間は経っていない。
彼は気まずそうな表情をしていたけれど、目が合ってしまった以上は無視ができなかったのだろう。周囲を気にしながら近づいてくる。
こちらにやってくる彼のその様子を気にしていないふりをして、マリアーナは子爵に微笑みかけた。
セシリアの様子を聞くと、子爵は「元気にしております」とやや口早に言う。彼は申し訳なさそうな、でも周囲が気になるといった様子で落ち着きがなかった。
マリアーナはセシリアの近況を教えてくれた彼に礼を言った。あまりよく思われていないだろう自分とわざわざ話をしてくれたのだ。
「王宮勤めをなさることにしたのね」
「はい……。我らは長い間、政治の中枢から排除されていました。でも今は違います。能力を認められれば官吏にもなれるようになりました。王妃様」
マリアーナは何も言わずに微笑んだ。「よかったわね」だとか、「頑張って」だとか、そんな言葉は自分からは言われたくないだろうと思ったのだ。
でも一つ安心できた。夫が一定の地位を得たのなら、セシリアは苦労をせずに暮らしていけるだろうから。
サイシオ子爵と話をしていたからか、他の貴族たちがそこにやって来て、どこかマリアーナを侮るような表情で次々に挨拶をされる。
マリアーナは彼らにそういう態度をとられても仕方がないと思った。こちらも彼らの家名をほとんど聞いたことがなかったからだ。
社交界に出る前から、主だった貴族の家に関しては家族構成から数代前の当主と王家の関係までを暗記させられた。でも、それは今、何の役に立たない。そんな家の人はこの場にいないのだから。
今日は急なことだったので仕方がないとしても、この食事会の出席者くらいは後でリストをもらって覚えるべきだろう。
彼らはマリアーナを囲むようにして、次々に話しかけてくる。マリアーナは女性にしては背が高いが男性たちに囲まれると圧迫感があり、少し怖い。
「これまでは王族方に直接ご挨拶をする機会さえございませんでした」
「こうしてお話しさせていただくなど、考えられませんでしたな」
本来、彼らは王妃から先に声を掛けられでもしない限りは、王妃と会話ができない。
でも今ここに、そんな当たり前の礼儀を気にする者はいない。
マリアーナは彼ら越しに、こちらを気にしている様子なのに、近づいて来ない一団に目を止めた。
護衛としてすぐ後ろに控えてくれているエンシオに聞くと、彼らは平民出身の者たちだと教えてくれた。
こちらを遠目に見ているだけなのが、遠慮をしているのか、旧王家出身の王妃を忌避しているのか、微妙なところだとマリアーナは思った。
◆
侍従たちに着席を促されると、すぐにアルベルトが扉から姿を現してマリアーナの横の席に着席した。
すると、国王からの挨拶もなく食事が運ばれ始める。
堅苦しい席ではないというように、「好きに食べて飲んでくれ」とアルベルトが言った。すでに気心が知れているらしい官吏らは席が近い者同士で乾杯をし、好きに料理を口に運び始める。
マリアーナはお酒を断ったので、誰ともグラスを合わせなかった。
食事は比較的質素に見えた。マリアーナが毎日食べているものと変わらない。
手が込んでいるのは分かるけれど、宴席のための贅を凝らした皿は見当たらない。でも、それすらも誰も気にしてはいないようだ。
「大貴族どものため込んでいた財のなんと多いことか」
「隣国に移された財産が厄介でしたな」
「だが、それらが没収できたから、軍備の増強にも、各領地への支援も充分に行える」
「ですが、それは一時的なものです。奴らからの没収品で賄えているうちに産業を育てねば」
「ああ。それはもういくつも案が出ている」
マリアーナはアルベルトの横で、彼らの話を聞いていた。
会議に紛れ込んだようなものだったけれど、普段何も情報が入らない中、この国が今どのように変わろうとしているのかを知る絶好の機会だった。
マリアーナは彼らの話に集中しながら、緊張感のせいか味が感じられない食事を口に運び続けた。
「王妃様は、この国の未来に関心がおありではありませんかな」
マリアーナが突然声をかけられたのは、最後の皿が片付けられた頃だった。
マリアーナはテーブルの真向かいにいる、先ほど挨拶を受けた何とか男爵を見た。名前は思い出せなかった。
「関心はあります。皆様のお話を興味深く拝聴していたところよ」
「なるほど。王妃様のお役に立てればいいが。これまでの王家主催の宴では聞かなかった類の話でしょうからな。大貴族たちは自分たちの利益しか考えない。その利己的な行動が国を衰退させていたにも関わらず、それに関心を払うどころか気づいてもいなかった」
何とか男爵の言葉に、あちらこちらから賛同の声が上がる。
マリアーナは、かつて参加した社交界での様子を思い出した。
自領の宣伝や、購入した宝石や馬の話は聞いても、今後の国がどうのという話題を聞いた覚えはなかった。
でもそれは、その当時の国王だった父を中心に、会議で決められていたからだろう。
マリアーナが社交界で交流する令嬢方とそんな話をしていたら、むしろ、そちらの方がおかしかったのではないだろうか。
それに、父たちが社交の場で何か話をしていたとしても、それは外国に嫁ぐと決まっている王女に話せる内容ではなかったはずだ。
とはいえ、勉強不足なのは自分でもよく分かっているので、「ええ。お勉強させていただくわ」と答えるにとどめた。
横にいるアルベルトが何も言わないのだから、マリアーナも口をつぐもうと思っていた。
でも、男爵はマリアーナに何かを言わせたいようで、しつこく話しかけてくる。
「今後は贅沢三昧は慎んでいただかないといけませんからな」
「ええ。そうでしょうね」
「ドレスも宝石も一生かかっても着られないほどお持ちでいらっしゃる。私は王妃様のお母上の私物を確認させていただいたが、その量たるや」
母がたくさんの衣装を作っていたのは知っている。
ただ、あの日、これまで自分が手にしていた物の価値を知った時に、マリアーナは今後は手持ちの物を手直ししながら着ればいいと自分でも思った。
でも、それを堂々と宣言していいものか迷った。夫が妻にドレスを贈るのはよくあることで、アルベルトもそうする可能性があったからだ。
マリアーナがどう答えようか考えている時に、男爵はやや唐突に言った。
「これまで多くの者に貧困や飢餓を、場合によっては死を強いてまで集めた物の山に呆れ果てました。なんとあさましいのかと。王妃様にはきちんとそれをご理解いただきたいですな。旧王家のご自分たちが、いかに人の道に外れた行いをしていたのかを」
何かを狙っていそうな男爵の言葉には何も答えずにやり過ごすことを考えていたマリアーナだったが、彼のこの一言に、心を縛っていた糸が切れた音がした。
マリアーナは静かに立ち上がった。
つづく……




