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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
落ちぶれ王妃と成り上がり国王

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16/31

16.ここまで堕ちてくればいい(アルベルト視点)



 アルベルトはせっかく集まってもらったのに、こんなことになってしまった不手際を彼らに詫びていた。


「陛下の責任ではございません」


「王妃様に問題がおありなのでしょう」


「旧王家の方ですからね。仕方がありません」


 彼らは口々にマリアーナを責める言葉を口にして帰って行く。

 明らかにマリアーナを煽っていたコクリー男爵は、わざわざ最後の一人になるように待っていて、「王妃様は陛下のお妃に相応しいお方とは思えませんな」とアルベルトに耳打ちし、嫌な笑みを残して帰って行った。


 誰もいなくなった応接室にはマウリとアークラだけが残った。二人とも長い付き合いだ。遠慮をする間柄ではない。アルベルトは近くの長椅子に腰掛けると深く息を吐いた。


 するとマウリが横に座り、肩を組んでくる。アルベルトよりも身長がやや高いマウリは昔からよくそうする。始めにされたのは、彼に背の高さを抜かされた時だったと思う。

 アルベルトが十八歳になる頃までは、マウリの方が背が低かった。しかし、アルベルトがその年齢でほぼ背が伸びるのが止まった一方で、マウリの背はその後も伸び続けたのだ。とはいえ、ほとんど差はない。


「コクリー男爵は王妃をすげ替えようとしているのかな。確か年頃の妹がいたはずだ」


 マウリがそう言うのに、立ったままのアークラが肩をすくめる。


「コクリー男爵は、まあ私もですが、いくら末端でも貴族です。彼が言うほど王妃様を責められる立場にはありませんよ。それに勘違いも甚だしい。旧王家の出身でない者を王妃にするなんて、何の意味もない」


「外国にもこの国の旧王家の縁戚がいるの忘れてるんだろうさ。あの王女様が王妃に収まっているから、そいつらに相続権を主張されずに済んでるのに、それすらも分からんのかね」


「舞い上がっているのかもしれませんね。今の彼は権力の中枢にいる。今までの常識では、あり得ないことが起きた」

 

 マウリは「俺はあいつが嫌いだな。首にしろよアルベルト」などと無責任なことを言う。


 多少の難があっても、今はとにかく人手が必要だ。

 それに、とアルベルトは思った。彼だけではなくて、アークラのように早くから個人的に忠誠を誓っている者以外は、貴族連中はほぼ全員、アルベルトが国王でなくなったら瞬く間に手のひらを返すだろう。


 だが、それも織り込み済みだ。貴族出身者は平民出身者よりも圧倒的に学がある。だから今は彼らを利用し、平民から見込みのある者を試験で選抜し、育て始めたところだ。

 コクリー男爵のような男は、そう遠くないうちに名誉職にでも追いやるつもりでいる。



「それにしても、あそこまで本音をぶちまけるとは思ってなかったな、あの王女様。今まではかなり自分を押さえている感じだったのにな」


 相変わらずマリアーナを「王女」と呼び続けるマウリの声にアルベルトも小さく頷いた。


 アルベルトはあの場を治めるために、マリアーナを強くたしなめる必要があった。

 だが、彼女があの場で言ったことには納得できる部分もある。


 アルベルトは生まれたくて傭兵の親を持って生まれたわけではない。気づいたらそうやって暮らしていたし、ある時までは他の暮らし方があるなんて知りもしなかった。

 自らの手で殺めた人間も数えきれない。その者たちには親や妻や子ども、はたまた恋人がいたかもしれない。だが、殺した相手の気持ちも、残された者の哀しみも分かりはしない。


 アルベルトの誇りは、それを他人のせいにしなかったことだ。全て自らの手を血で汚して、今の地位まで上ってきた。


 

「もう下がれ。明日はお前たちが王妃の護衛についてくれ。あと、エンシオとブラントが何かを気にしているようだったら、話を聞いてやってくれるか」


「お前、寝室に行くのか? 王女様のいる?」


「……俺の寝室もあそこだ」


 マウリの腕を振り払って立ち上がると彼は手首をつかんできた。


「アルベルト。肩入れしすぎじゃないか? まさか惚れたなんて言わないよな?」


「……は……?」


「俺たちはあの王女様を利用しているだけだ。不要になれば切る。そうだろう?」


「何を言っているんだ。そんなことは分かっている。だが今はまだマリアーナが必要だ」


「マリアーナ、ね」


 マウリは手を離したが、眉を上げて、他にも何か言いたげな目を向けてくる。だが彼の言う意味はよく分からない。

 誰かを愛したことはない。その方法も知らない。


 アルベルトはマウリとアークラをおいて、その部屋を後にした。



 ◆



 アルベルトが寝室に着いた時、灯りが揺れる中、始めマリアーナの姿が見えなかった。

 でも目が薄暗さに慣れて来ると、彼女が床にしゃがみ込んで、顔を伏せるように上体を屈めているのが見えてきた。


「マリアーナ……」


 近づいて行くと、彼女はこちらを見上げた。涙に濡れた瞳が咎めるような光をたたえている。


「あなたももっと私に言いたいことがあったのではなくて?」


 アルベルトには特に言うことがなかった。でも、ようやく本心を見せたマリアーナに強く興味を引かれる。


 マリアーナは以前にも、そんな様子を見せたことがある。彼女に護身術を教えていた時期だ。

 本当は義父が長剣を教えるという話になっていたのだが、彼女の細腕でそれを扱えるわけがなかった。

 だが、事実を言った義父の言葉を受け入れず、鍛錬を続けるという彼女をたしなめて、アルベルトが短剣を教えることになった。

 傭兵団には女もいて、彼女たちは短剣をよく使っていた。それならば、か弱い王女にも扱えると思ったのだ。


 ただのお遊びに見えたなら、本気で彼女にそれを教えるつもりはなかった。

 だが、彼女の目には焦りや、本当にそれを習得したいのだという意思が見えた。彼女は呆れるほどの熱心さで修練に打ち込んでいた。

 その時に敬意を込めて贈った短剣は、今はアルベルトが持っている。



 アルベルトはマントに長剣と、本来は彼女のものである短剣を包んで遠くへ放った。

 自暴自棄になっているように見えるマリアーナのそばに剣を置くのは危険だからだ。

 寝支度をしようと上着を脱ぐと、彼女は何か勘違いをしたようだった。

 その目に瞬時に怯えが走る。


「抵抗する女を力ずくで犯せばいいわ。私はもう無垢ではないから、痛みは感じずに済むかもしれないのだし」


 アルベルトは何を言われているのか分からなかった。マリアーナに限らず、女を無理矢理抱いた記憶はない。暴れて嫌がる女など抱く必要もないからだ。

 そう口にしながらブーツも脱いでいると、彼女は弱々しい声で言った。


「抱かなくてはいけない事情があったら? 例えば……私が初夜で抵抗しただとか」


「それは……。あの日は夫婦となった証を立てなければいけなかったから、押さえつけてでもしたかもな」


 そう言うとマリアーナは泣き笑いの顔になった。

 そうはならなかったのに、なぜそんな顔をするのかも分からない。


 彼女は、これからは抱かれるのを拒否すると言っているのかとアルベルトは思った。抵抗されれば、できる限りのことはするが、確かに犯さなくてはいけないのかもしれない。



 床に座り込んだままの彼女をベッドに運ぶために抱き上げると、彼女はまた怯えた顔をして身を縮こませる。


「眠るだけだ。ドレスくらい脱いだらどうだ?」


 静かにベッドに下ろしてやると、彼女は戸惑いつつもドレスを脱ごうとする。しかし、この日のドレスは背中にボタンが並んでいて、一人で脱げるものではなさそうだった。彼女はそれに手が届かずに苦戦している。


 下着以外を脱ぎ終わっていたアルベルトはそれを手伝ってやった。

 手を伸ばすと身を引いた彼女だったが、「ドレスがしわになるぞ」と言うと、諦めたようだった。

 侍女を呼ぶか聞いてもよかったのに、なぜか誰もこの空間に入れたくなかった。


「終わりだ。全部外れた」


「……ありがとうございます……」


 彼女はつぶやくように言うと、ドレスを脱ぎ、上半身を覆っていた胸当てと一緒に、それをベッドの脇にある椅子に丁寧にかける。


 彼女の薄布の下着が、なだらかな曲線を描く、その肉感的な体の線を浮き上がらせている。その姿は充分にアルベルトの欲望を煽った。


 そういえば、最近は彼女が寝てから寝室に戻るので、しばらく彼女を抱いていない。

 あんなに怯えていた彼女に、たった今手を出したら、犯したと言われるのだろうか。


 ベッドに上がってきたマリアーナを引き寄せて首筋に口づける。いつもの甘い花のような匂いがする。


「眠るだけだとおっしゃったわ……」


「……子ども作らなくてはな? 旧王家の血を引く子を」


 自分でも言い訳としか思えない言葉しか出てこなくて、内心苦笑しながら彼女の体に布越しに手を這わせる。


 すると、彼女は両手で顔を隠しながら笑い出した。

 その細い指は庭仕事で荒れてはいたが、白くて美しい。こんな手をした彼女は、なぜあんなに剣を使えるようになりたがったのだろうか。


「そうね……子どもが産まれたら、私は用済みね」 


 悲哀を感じさせる口調でそう言いながら、彼女はクスクスと笑う。手をつかんでその顔を露わにさせると、宝石のような黄色がかった緑の瞳から涙がこぼれ落ちていた。


 マリアーナの、ゆらめく灯りに照らされた金色の髪も、その瞳も、傷のある手も、誇り高い心も、全てが硬い宝石のようだった。

 その輝きは、そう簡単に光を失くしそうもない。


 もともと泥の中を這いずり回っていたアルベルトには一生持てない光を、彼女は持ち続けているような気がした。


「俺は、あんたを泥に沈めてやりたい……」


「……それは、どういう……? 私を殺すということ?」


 彼女は文字通り泥に沈められると思ったようだった。

 目が見開かれ、その表情には怯えの色が広がっていく。そして、体は小刻みに震えていた。


「いや、違う。気にしなくていい」


 その香りを吸い込みながら、なだめるように首筋や頬やあごに口づける。


 彼女はどこを向いたらいいのか分からないと言うように左右に視線をさまよわせてから固く目を閉じた。

 彼女の引き結ばれた口元に口づけたことはない。好きでもない相手にはされたくないだろうからだ。


 その代わりに彼女の額に自分のそれを付ける。このまま彼女の頭の中をのぞけたら楽しそうだと、ふと思った。

 そうしたら自分にも理解できるだろうか。彼女の怯えや、矜持や、それ以外の感情も。


 おずおずと目を開いた彼女が言った。


「私たちは分かり合えないのだわ。生まれも育ちも違いすぎて……」


 触れ合った額は温かいのに、この美しい女はそんな言葉でアルベルトを拒絶する。

 でも否定はできない。自分も彼女を理解し切れないだろうし、彼女も理解しないだろう。

 何もかもが違うから。

 

 マリアーナは「この体に流れる血以外、あなたにとっては価値がないのですもの」と言う。

 それはそうなのだ。そのためにこうして抱こうとしている。そのばずだ。


「私たちはお互いに夫婦としての役目を果たしているだけ……」


 そう言った彼女から頭を離すと、額の温もりがひんやりとした空気に冷まされていく。


 アルベルトは、無性にマリアーナを自分と同じ場所に堕としたくなった。

 そして、抵抗されないのをいいことに、思うままに抱いて、誇り高い彼女をただの女にした。ただの男である自分と同じように。


 堕ちてきたマリアーナは、それでも美しい光をまとっているようだった。



つづく……

(次話から、二話分の番外編が挟まります。)

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